松山空港と重信川河口砂州散策
松山市を流れる一級河川の重信川。流域にはサイクリングロードが設置されており、道後平野を流れる下流域で快適なロングツーリングが楽しめる。そんなサイクリングロードの終着点、重信川と瀬戸内海が交わる河口は海と川の境目を散策できる広大な砂州が広がっています。とても不思議な景色を楽しんだり、野鳥や生き物の観察ができる穴場のスポットなのです。
離陸を間近で見れて、大きく滑走路の下を通れる松山空港
松山市の中心から自転車を20分も走らせれば松山空港にたどり着く。空港の脇にある公園に自転車を停め、その展望デッキから離陸する飛行機を眺められる。ちょうどボーイング787が離陸するところだった。間近で見られる飛行機の離陸は大迫力だ。
空港の滑走路下を横切る地下道に自転車を潜らせる。ひんやりとした空気が少し気持ちが良い。通行量は少ないと思いきや、空港の向こう側に広がる臨海工業地域に出勤する作業服の人が原付で足早に通り過ぎていく。
地下道を抜けると、空港の西側に出た。飛行機が離着陸するすぐ真下を通り抜けてきたことを感じながら、自転車を先に進める。
工業地帯の海をのんびりとサイクリング
空港を抜け、西垣生町の昔ながらの細い路地を自転車で抜ける。車なら走れないような裏路地も自転車ならスイスイ行ける。知らない町を探索するには自転車はもってこいの手段だ。
やがて魚屋に何軒も出くわすようになると、潮の香りが漂ってくる。そしてついに自転車は海に出た。
松山の港は工業地帯と木材の集積地になっている。向こうには、松山空港を離陸し、大空に飛び立っていく飛行機の雄姿が眺められる。
煙を吐き出す大きな工場。ゆっくりと港に入り、向きを変える貨物船。運ばれていくのを静かに積み上げられて待つ、木材たち。日本を支える工業の姿も、この風光明媚な松山にあると、どことなくのどかに見えてしまう。
海岸を縫うように進むと、松山市がある道後平野を形作る重信川に出た。もうすぐそこが河口。川幅はとても広く、とても開放感いっぱいの場所だ。
海と川の境には、砂州が広がり、複雑な世界を作り上げている。海と川の境目がすぐそこにある。その汽水域に浮かぶ砂州の島々は、まるで冒険島のように見えてくる。
自転車を降り、海と川の境を目指してプチ探検
この風景を見たらすぐに帰ろうと思っていたのだが、そうは行かなくなった。どうしてもあの砂州を渡り、海と川の出会う場所に立ちたくなった。向こう側にある工場地帯から砂州をたどれば河口まで行けそうだ。自転車を置き、さっそく砂州へと向かう。
砂州に囲まれたまるで沼地になったような場所を歩いていく。ここには小さな漁船が停められていたりして、まるで別の国に来たような風景が広がっている。あまりもの風景の広がりは、異世界というより、別の星に来たかのような錯覚すら覚える。
堤防の縁の干潟を渡り、砂州にとりつく。砂が積もった場所とはいえ、地面はしっかりと固く、植物がその上をびっしりと覆っている。砂の上を歩いていくと、時々突然の訪問者に驚いてカラスやアオサギがあわてて飛びのいていく。
海と川を隔てる道に出た。右が瀬戸内海で、左が重信川。どちらが川でどちらが海かはもはやわからない風景。かろうじて一筋の砂州がその境界線となっている。どこから流されてきたのか、漂流したビールのケースがどこか物悲しいオブジェとなっている。
海と川が交わる河口。とても遠浅のようになっていて、不規則に小さな波が打ち寄せている。歩いて向こう岸まで渡れそうな、不思議な場所。でも、船が川から海に出ていくので、それは叶わないはずだ。
ついにたどり着いた河口。海と川と陸が混じり、そこで終わる、まるで世界の果てのような場所だ。小さく歪ななリズムで3方向から波が押し寄せるこの場所は、とても奇妙な感覚をおぼえる。海に背を向けると、まるで押し寄せる波に、彼方の海の世界に連れ去られそうな、物言えぬ恐怖感も感じる。
歩いてきた砂州の道を振り返る。左が海で右が川。そしてここが川と海が交わり、陸が終わる場所だ。はるかかなた、薄らいでいる山々からはるかここまで川の水は旅をしてきたのだ。その旅人を海は優しく、それでいて少し荒々しく歓迎してくれているようにも思える。
海を渡る風に乗って、まるで映画館の臨場感のように僕を取り囲むように波の音が響き渡る。360度、波の音に包まれるというのは、言い知れぬちょっとした怖さを感じる。まるでこの陸の果てに取り残され、海に連れて行かれそうだ。事実、砂州の根本が海と川に浸食され狭められてきているように思える。今から満潮に向かうなら、この場所は確実に海に沈む。そろそろ戻ろう。
無事に砂州を伝い堤防まで戻ってきた。が、驚いたことにわずかな時間で先ほど歩いてきた干潟の道が失われようとしていた。もうすぐこの堤防の下まで水は満たされ、砂州には渡れなくなるだろう。助走をつれて水を飛び越え、足早に残された干潟の上を歩いて向こう岸に戻った。
サイクリングで気持ち良い汗を流そうと海まで来たのに、まったく違った事をやってしまった。しかし、普段はありえない、最果ての地とも形容できそうな素敵な風景に出会えた。ほんの1時間ほどのサイクリングだったが、それでも随分遠くまで走ったような気になれた。
重信川沿いをサイクリングして河口を目指す
別の日になるが、今度は重信川河口に向けて川沿いにMTBを走らせた。土手沿いのアスファルトの道路(自動車通行禁止)があるが、時々土手から河川敷に下りて、オフロードを走行する。少しずつ、海が近づき、切り裂く風に潮の香りが感じられるようになってくる。
緩やかに流れる重信川。おそらく長い旅の中で、一番ゆっくりとこの川が流れている場所がこの河口直前だろう。穏やかな水面はまるで水鏡のように、真っ青な夏の空を映し出す。
河口付近までやってきた。もうすぐそこが、真水と海水が出会う場所。川が海になる場所だ。自転車を河川敷の道路わきに停め、ここからは歩いて散策。
飽きずにまた川が海に突き出した先端を目指す
川の向こう、重信川の左岸には巨大なガスタンクがある。そのガスタンクが川面に鏡像となって映り込み、不思議な世界を演出している。
海と川を隔てるのは砂州。川が運んできた砂を海が押し戻して堆積した、広い広い不毛の地。そんな砂州へ堤防を越えて下りる事ができる。砂州はこちらの右岸の方が、左岸よりもはるかに発達しているので探検し甲斐がある。
砂州への侵入は、小さな流れを横切る。先駆者が渡りやすいように石を配していくれているが、満潮になると靴を濡らさないと帰られなくなる。砂州に入ると、見慣れない海辺の草地の中を歩いていく。ここが日本の温暖な地域とは思えないような植生。まるで遠い異国の草原か砂漠にでも放り出されたような感じだ。
海に突き出した砂州に到着。海とひとつづきになった何もない陸地は不思議な風景。異国の地どころか、遠い別の惑星にまで飛ばされたかのような気にすらさせてくれる。この開放感は凄まじく、海を渡ってくる潮風がダイレクトに体に突き刺さる。それは夏の暑い空気でも、とても心地よく涼しく感じるほどだ。
向こうには島のような砂州がある。さすがに水に濡れてもいいような恰好でないと、あちらには渡れない。
どこが海で、どこまでが川か。そんな境界線を線引きできない複雑に入り組んだ風景。しかし、この開放的な場所に居れば、どこが海でどこが川かなんて線引きする必要はない。頬を撫でていく潮風の音と心地よいさざ波のリズムが開放的な風景の中に引きずり込んでいく。自分と空間との境界すらあいまいになる、ボーダレスな世界なのだ。
河口は、どこまでも遠浅な不思議な海になっている。右から、左から。海から押し寄せる波が不規則に様々な方向からこの場所に押し寄せてくる。その波はとても不思議で、まるで物理法則を無視しているかのよう。芸出的な波打ち際で、その不思議な風景についつい立ち尽くしていた。
この場所が砂州の先端。川の最終地点。左側が川。右側が海。もうここは海とも川とも区別がつかない場所。この場所に立つと、四方八方から波音が聞こえる。それはとても不思議な感覚で、少しでも気を抜けば、背後から高波に襲われ、この広い海に引きずり込まれる。そのような少し足がすくんでしまいそうになる、ありえない臨場感がここにある。海風、山風、川風。そして、海に流れ出す水と、川の流れをかき乱して逆流してくる波。全ての自然の流れが奏でる音が、この場所を包み込んでいる。今まで経験をしたことがない音の反響は畏怖となり、この陸とも海とも川ともおぼつかない場所に立つ足をすくませる。海と川が交わるこの一点は、凄まじい自然のエナジーを感じるパワースポットともいえる場所だった。
恐ろしくも美しい場所についつい長居をしてしまった。そろそろ帰ろうかと振り向くと、そこにも恐ろしい風景。砂州の幅が見る見る縮まってきている。左右から押し寄せる波が強く、どんどんと陸地を奪ってきている。いかん、このまま長くここに居れば、砂州に取り残されてしまう。急ぎ砂州の括れた部分を渡り、陸地へと戻る。先ほどひょいと飛び越えた小さな流れは、すでになみなみと水に満たされている。何とか石を飛び越えて、アスファルトやコンクリートで固められた地面に戻ってくる。少し自転車で走っただけなのに、まるで別の物理法則に支配されたかのような異世界にトリップできた場所。サイクリングのゴールにももってこいの場所だった。