残雪の西穂高稜線登山【ゴールデンウィーク】

5月のゴールデンウィーク。信州でも桜が咲き始めるこの頃、まだ北アルプスの山々は深い雪に閉ざされている。雪が残る森林限界の世界は危険と隣あわせ。雪崩の危険があり、装備・技術・経験を求められる、エクスパートのみに立ち入ることを許された世界だ。
しかし、信州の人気観光地、上高地周辺で、残雪期の低山でのスノーハイクの経験と装備があれば、好天時になら立ち入れる残雪の森林限界がある。
ひとつは上高地から登る、蝶ヶ岳(2677m)、もうひとつは、新穂高ロープウェィを使い登る、丸山(西穂高稜線・2452m)だ。
私は以前、単独行で蝶ヶ岳はゴールデンウィークの残雪期に登ったこともあるが、登山経験の浅い妻も一緒なので、約1時間半の登りで登頂できる丸山はちょうどよい。天気が悪ければ、ロープウェイに乗らず、下界で観光してればいいこともあり、目的地を丸山にする。

 新穂高ロープウェイを下りると雪の世界

雪の千石平園地

新穂高ロープウェイに乗り、標高2156mの千石平園地までやってきた。ここで装備を装着する。
・6本爪アイゼン(稜線まではこれで十分)
・スノーバケット装着のトレッキングポール(雪道歩行に慣れていれば、なくてもよい)
・冬季用のアウター
・サングラス(晴天時にこれが無いと、目が痛くてたまらない)
・日焼け止めクリーム(雪の反射で四方八方から襲う紫外線はかなり強烈)
・ゲイター
出発場所の千石平園地で目につくのが、この雪の回廊。人の背丈をはるかに上回る雪が、ここに積もっている。
※標高3000m近い雪山ですので、必ず雪山経験者同行で入山してください
※最低でも低山雪山装備は必須です
※天候が悪い、悪化が見込まれる時は危険ですので入山を中止してください

新穂高ロープウェイ雪の頂上駅

この年は記録な大雪の季節だった。前年の最高積雪は3.6mだったが雪どけ時期の5月なのに、それをはるかに上回っている雪が残っている。よく見れば、過去最高積雪の高さをも、今まだ上回っているようだ。
新穂高ロープウェイの発表では、この年の最高積雪は5.2mだったそうだ。僕たちが訪れた後、この最高積雪地点の標識は、さらに上に付け替えられたらしい。

それでは雪の稜線を目指して出発。はじめは季節はずれの雪で楽しむ大勢の観光客の横を通り過ぎていく。しかし、道が細くなり、一旦激しく斜面を下る道に出る。ここからは観光客の姿は無い。この斜面を見て、装備が無いと進めないと思うのは当然だろう。
しかし、斜面を下りきったところの広く開けた気持ちいい場所で、レジャーシート広げて雑誌を顔に載せて寝転ぶ観光客2人組がいたのには驚いた。観光客の方が、ここには登山装備をした人しか通らないことに驚いた顔をしていたようにも見えたが・・・
雪の中を登っていく。残雪期は無雪期とは別にルートが設けられている。雪の中は歩きにくいように見えるが、多くの登山者が歩いているので、ルート上の雪は固められていて、天気が良ければ道に迷う心配はない。アイゼンがあれば、滑ることも少なくなるので、夏場にはできない、急斜面の直登が可能だ。岩や段差も雪に埋もれて少ないので、足元に気を使う心配も少なく、意外に簡単に登れる。ただし、雪が融けはじめているので、所々、雪の下にできた空洞に足を踏み抜いてしまう。

雪の西穂高稜線

途中にあるコンクリートつくりの小屋。屋根にはどっさり雪が乗っていて、小屋自体も雪に埋もれている。いかに、ここに降り積もった雪が深いかわかる。

北アルプスの名峰を眺めながら登る雪山 

残雪の西穂高岳

しばらく行くと、視界が急に広がる。目の前には標高2908mの西穂高岳がそびえたつ。
穂高連峰には「穂高」を名前に冠する山が4つある。その中で唯一、3000mに満たないのが西穂高岳。しかし、その急峻で天にそびえたつ姿は、穂高の名を名乗るのにふさわしい名峰だ。その圧倒的で気高い姿は、表現する言葉さえ見当たらない。

残雪の槍ヶ岳遠望

西穂高の後ろに、天に向けてそびえたつ山、槍ヶ岳。まるで槍の穂先のような形で、日本のマッターホルンと呼ばれている。どこから見ても、それと認識できる形をしている、まさに名峰。標高も3180mで、日本5位。上高地を流れる梓川の源流をその懐に抱いている。その源流地点は太古の昔、氷河があった場所で、とても日本とは思えない雄大な大自然が残っている。

残雪の焼岳

南を見ると、目と同じ高さまで焼岳がせまってきた。標高2455m。標高は穂高や槍ヶ岳に比べて低いが、今なお活動をする活火山である焼岳の姿は雄雄しく荒々しい。日本百名山のひとつである。
よく見れば、頂上から噴煙がたなびいている。この焼岳の麓に、日本を代表する温泉地のひとつ、奥飛騨温泉郷が広がっている。

雪の笠ヶ岳

西を見ると、笠ヶ岳。2897m。少しわかりにくいが、どこから見ても山の形が笠のように見えることに由来する。この山も、百名山のひとつだ。

雪の西穂高登山

右も左も、上も下も、雪一面に覆われた世界を雪と格闘しながら登っていく。行程の最後は、急斜面を一直線に登るきつい道だ。しかし、着実に近づいていく、西穂高に続く稜線が近づいていくのを感じる。「西穂高山荘まで○m」と書かれている標識の存在が頼りになる。
やがて、突然目の前が開ける。今まで周囲を覆っていた木々がなくなり、青い空へと続く真っ白な山肌ばかり見える世界に出る。やった、森林限界を越えた。森林限界とは、これ以上高木が生息できなくなる標高地点を指す。この森林限界を越えることは、僕たちのいつも生活している場所を抜け出し、雲の上の世界に来たことを意味する。
そして、このルートの森林限界は西穂高稜線に出たところだ。すなわち、森林限界に出た事は、登りを終えたことになる。その証拠に、今まで見えなかった、山の向こうの景色が、雪の中を歩いていくにつれ、見え始めた。

 西穂高山荘からは大パノラマの北アルプスの銀世界

雪の西穂高山荘

標高2400m。雪と青空に包まれた雲の上の世界。やっとたどりついた。
360度、どこまでも広がる大地。地球が丸いことを実感させるその景色に、言葉を失った。
新穂高ロープウェイを降り、雪の山を登り、やっと到着。西穂高岳の稜線だ。
今までとは雰囲気は一変。森林限界を越えたこの場所は、360度、雲上の大パノラマだ。その景色に言葉を失う。
左奥にあるのは焼岳。そして、中央にあるのが「西穂山荘」。その前には、冬季でもキャンプを楽しむ、たくましいエキスパートの登山者。

西穂高稜線からの乗鞍岳

目の前に迫るのは、焼岳(2455m)。今なお、活動する荒々しい姿の山だ。大正時代にこの山が大噴火し、梓川を堰き止めて、大正池ができた。山の斜面左側には、溶岩が流れ落ちた跡の地形がよくわかる。
その奥に、どっしりと居座るのが、乗鞍岳(3026m)よく見れば、雲よりも高いところに頂上があるのがわかる。その頂上直下まで、車が入れる道路がある。もちろん、日本の車両が入れる道路としては一番高いところだ。ただし、この道路も上高地と同じく、一般車の通行は不可で、シャトルバスに乗り換える。
どちらも日本百名山に名を連ねる名峰だ。そして、はるか彼方先まで、いくつもの山がいくつも重なっている。ここに立つと、地球が丸いことを感じる。

西穂高稜線から見下ろす上府

眼下に広がるのは上高地。高い山の深い懐に抱かれた、別天地だ。
画面中央やや右にある池が大正池。赤い屋根の建物が、上高地帝国ホテル。
昨日は大正池から、画面左下、梓川の流れが山に隠れて見えなくなったところぐらいまでをハイキングした。昨日、上高地から見上げた頭上の真っ白な山の上に、今、僕たちは来ているのだ。

西穂山荘の昼食

ひととおり景色を楽しんだら、お腹が急に減った。下界に下りて遅めの昼食をと思っていたのだが、予想以上のロープウェイの混雑で、もうその時間をとっくに過ぎていた。西穂山荘で昼食をとることにする。
3000mを越える場所にも、登山の基地として、山小屋がある。北アルプスの山小屋はだいたい1泊2食付8000円~9000円。風呂なし、雑魚寝、簡易な食事で環境は良いとはいえない。が、自然が牙を向く山の上に、安全に寝られ、食事をとれる場所があるのは大変ありがたい。
最近では、ビール・アイスクリーム・おでんを売店で買える。それどころか、ちょっとした喫茶店まである山小屋もある。
値段はもちろん下界に比べ高いが、物資の運搬のコスト、ゴミの回収など考えると、それは当然だ。
さて、頂いたのは山菜うどんと、五目ごはん。この2つで約1300円。小屋の中で食べると、休憩料金が200円必要なので、天気も良く寒くないので、外で食べる。味は意外に(失礼だな・・・)おいしい。運動したあと、絶景の中で食べる食事なのかも知れないが、最近の山小屋の食事のレベルは高いと思った。この2品に持っていたカロリーメイトなどで、お腹は十分に膨らんだ。
さて、おいしい食事を頂いた後は、「丸山」まで登ることにする。夏場なら、ここから約15分。標高2452mの絶好の穂高連峰の展望台だ。

西穂高山荘から少しだけ登れば、西穂高岳の美しい姿 

冬の西穂高稜線

目指すといっても、無雪期なら歩いて約15分。この雪の斜面の上が頂上だ。
ここはゲレンデのように見えるが、ここはそうではない。標高が高く、雪や風のため、高木が育たない、森林限界の世界だ。この雪の下には、岩と土、そしてハイマツなどの高山植物が眠っている。
スキーの跡がついているが、これは山スキーを楽しんだ跡。結構急な斜面だ。この斜面をわざとすべり落ち、ピッケルを斜面に打ち立てて途中で止まる、滑落停止の技術の練習を他の登山者がやっていた。
ここの斜面の登りはきついが、一直線に登る足跡しかついていない。ジグザグに道を新たに作ろうかと思ったが、ラッセル(圧雪)する時間もない。

西穂高稜線から望む雪の笠ヶ岳

雪の壁となった斜面を這うように登っていく。ふと横を見ると、笠ヶ岳が圧倒的なスケールで迫って見えた。

西穂高稜線からの雪乃北アルプス

斜面を登り切ると、ケルンが積まれたピークに出る。もう少し行けば、丸山の頂上だ。ここからも見えている。
・・・が、もうここまでだ。ロープウェイの渋滞と予想以上の積雪量で、大幅に時間が過ぎている。これ以上先に進めば、ロープウェイの最終便に間に合わない。ここで引き返すことにするが、ここからでも雄大な景色が眺められる。

雪の西穂高岳と前穂高岳

ここまで斜面を登ると、西穂山荘からは見えなかった穂高がその雄大な姿を現す。
写真中央・一番高いところが、西穂高岳(2908m)
その尾根続きの右側のピークが西穂独標(2701m)
さらにその右、三角形の頂が、前穂高岳(3090m)
残念ながら、穂高の盟主・奥穂高岳は、西穂高岳の陰になり見えない。丸山は、西穂独標と前穂高岳の間に見える、稜線の小さな頂だ。
丸山から先は、雪の急斜面や岩場が多くなり、雪崩や滑落の可能性が高くなる。今の僕たちの装備と技術では、もちろん、立ち入ることは許されない世界だ。

上高地空撮

下を見下ろすと、昨日散策した上高地が見える。
写真右の小さな池が、『大正池』
赤い屋根が『上高地帝国ホテル』
蛇行する道のようなものが『梓川』
見えにくいが、写真左下、梓川が山の陰に隠れるところに上高地バスターミナルがある。

雪の前穂高岳

前穂高岳を展望する。前穂高岳からは、明神岳と鋭い岩の稜線が続き、梓川に一気に崖となって吸い込まれる。

雪の西穂高と前穂高

西穂高岳と前穂高岳のツーショット。とても美しい景色だ。しかし、深い雪に覆われた、厳しい世界でもある。この時期、あの頂に立てるのは、訓練と経験を積んだ、熟練の登山者にのみ許されている。

残雪の西穂高岳

とにかく静かな世界だ。下界の喧騒なんか届かない。まだ、雪と氷に覆われているので、川や滝の音もない。そして、この厳しい世界では、小鳥がやって来てさえずることもない。自分の鼓動が聞こえるくらい、静かな空間。時おり聞こえるのは風の音。その音さえも、この静寂を破ることはない。
空を見上げると、グライダーが気持ちよく舞っていた。青いキャンパスの上を自在に舞う白い羽のように。空を自由に舞う白い羽は、穂高の白い雪のキャンパスに、その影を落とす。音も無く、広げられる大空の空中ショー。グライダーが舞うたび、この雲の上の世界の静寂さは、さらに深まっていく。そう思えるくらい、静かで美しい場所だった。

登山に便利な新穂高ロープウェイ目の前の源泉かけ流しホテル

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