紅葉の伊予富士登山【見頃は10月中旬】
四国のど真ん中を貫く四国山地。愛媛県と高知県の県境には、西日本最高峰の石鎚山をはじめとした標高2000m近い山々が軒を連ねる。そんな四国の屋根の上の秋の紅葉は10月の連休の頃。紅葉と笹原が美しいコラボを見せてくれる、四国の山らしい秋の風景が楽しめると人気の山が、日本二百名山である「伊予富士」(1756m)だ。
色鮮やかな森を登り目指す笹原の稜線
国道194号線、新寒風山トンネルで高知側へ抜け、山道を駆け上ると、「瓶ヶ森林道」の入口に着く。ここが登山道の入口。三連休の最終日、「伊予富士」だけではなく、「笹ヶ峰」「寒風山」への登山口であるここは、朝早くにも関わらず、50台近く停められる駐車場にはもう車がいっぱい。標高1700m以上の山が連なる四国の屋根「石鎚山系」の稜線を走るこの道を走る車も訪れ、大賑わいだ。
標高1100m。旧寒風山トンネルの南口に位置する登山道にはトイレ、東屋、水場がある。ここで登山の準備をしたら、さっそく登りにとりかかる。
登山道はいきなりの急登。ウォーミングアップする間もなく、全力登坂を強いられる。それでも森の間からのぞく美しい笹原の稜線とその上に広がる青い空を見ると、早くあそこにたどり着きたいと少し力が漲ってくる。
石鎚山系の最高峰、標高1982mの石鎚山頂上付近の紅葉は例年10月の連休の頃だ。そのため、まだ標高1756mの伊予富士には紅葉は早いかと思っていたが、場所によっては随分と色づき始めている。快晴の空の下の紅葉は、とても色鮮やかで美しい。
頭上に広がる森が手が届くほど近くなり、空が開けてくる。標高が上がって、森が小さくなってきているのを感じる。森が小さくなるにつれ、木々の紅葉の始まりも感じられるようになる。そして、このころになると、登り道もやや緩やかになってくる。
頭上を覆う森は姿を消し、登山道は灌木の間を行く。
森林限界を越えた。石鎚山系の山は瀬戸内海から一気に2000m近くまで立ち上る急峻な地形。その独特な地形から、稜線には森林は育たない場所が多く、そこには広い笹原が広がる。それが四国の特徴的な山の風景でもある。
桑瀬峠に登るとき、いつも僕の被写体となってくれる立ち枯れの木。青い空と緑の大地をつなぎとめる、純白のオブジェはとても美しい。空と登りつめる稜線が近いことを、このオブジェは天に指さして教えてくれる。
お気に入りのオブジェの木を過ぎると、道は東方向へ向けて一直線。桑瀬峠に向かい、気持ちいい笹原の道を登っていく。振り返ると、伊予富士への気持ちいい稜線が、もう近くに見える。
真正面には「寒風山」へと続く稜線。むき出しの岩肌に所々に紅葉の赤。青い空の下、とても美しい山の風景を見せてくれる。
四国山地の稜線の入口、風が吹き抜ける桑瀬峠
桑瀬峠(1451m)に到着した。一面の笹原が広がる、広い鞍部になっている。そして、目の前には伊予富士や西黒森の山の迫力のパノラマが迫る。
ここで休憩をしたら、とても気持ちよさそうなのだが、実はそうでもない。ここに来るのは3回目だが、いつも強い風が吹いている。しかもこの、「桑瀬峠」だけにだ。周囲を1700~1800mの山の稜線に囲まれ、ここだけ1500m以下まですっぱりと切り落ちている。高い山に当たった風が、この桑瀬峠から押し出されるので、強い風が吹きやすいのだろう。
夏場の休憩なら心地よいが、肌寒い季節はここで止まる事は許されない。この日は半袖でも大丈夫なほど暖かかったが、それでもここに長く要ると、風に体温を奪われてどんどんと体が冷えていく。
桑瀬峠から見た、今日の目指す山「伊予富士」
頂上は一番左のピーク。頂上付近は随分と紅葉が進んでいるようで、とても美しい。まだまだ登らないといけないが、それでも先が楽しみになってくる。
桑瀬峠の真正面には、西黒森(1861m)がそびえる。わかりにくいが、西黒森の頂上のすぐ後ろ、少しだけ頭を出す笹に包まれた山が「瓶ヶ森」(1896m・三百名山)だ。西黒森の稜線、写真一番左側のすぐ裏側には、出発した寒風山トンネルが起点となる「瓶ヶ森林道」が走っている。1700m~1800mのピークを結ぶ稜線を走る、四国でも有数の高山ドライブルートだ。
桑瀬峠の展望を楽しみ、写真を撮り終えたころ、登りで不摂生の汗まみれになっていた体も吹き抜ける風でクールダウン出来た。ここから伊予富士目指して、稜線を登りつめていく。
伊予富士へ向けて登る笹原の気持ちよい稜線
桑瀬峠(1451m)を後にし、向かうは「伊予富士」(1756m)
峠までは樹林帯の登りだったが、ここからは笹原広がる稜線を行く。陽射しは強烈だが、稜線を渡る風と空を流れる雲にはすでに秋を感じる。気持ちの良い空と大地の境目を、少しずつ登っていく。
桑瀬峠を振り返ると、名山がどしりとそびえている。
「寒風山」(1763m・写真左)と「笹ヶ峰」(1859.5m・写真中央・二百名山)と「ちち山」(1855m・写真右)
美しい笹原の山肌に所々紅葉の赤が灯っている。急峻で笹原が広がる風景はいかにも四国の山らしい。登りがきつくなると、笹原からいったん森林帯に入る。少しずつ色づきつつある紅葉を楽しみながら、木々に覆われた森の縁を歩いていく。
稜線歩きの最中、ずっと見えていたピークの懐に飛び込むと、迷い込んだかのように、今までと違い、深い森の中に出る。森は深いが、その奥にはすでに出口が見えていて、明るい光が射し込んでいる。その光の中に飛び込むと、そこに待っていたのは絶景・・・
森を抜けると、一面の笹原が広がる稜線。そして、その向こうには真っ赤な紅葉の衣をまとった、目指す伊予富士が待っていた。
緑の架け橋のごとく、空の上に渡された稜線。大空を渡る風がほほを優しくなでていく。空の上のプロムナードに足を踏み出す。
左側、南方に目をやると、山々の向こうにうっすらと土佐湾らしき海が見える。右手のすぐ眼下には瀬戸内海が見える。
ここは四国の腰のくびれのような場所。上下からおしつけられて、一番山が起伏した場所。ここからは瀬戸内海も太平洋も望める。すなわち、四国の全部が見えるのだ。
緑の架け橋、稜線を渡りきると、伊予富士が随分と近づいてきた。ここからいったん伊予富士の麓へと下る。そんなに大した下りではないが、今まで稼いだ標高を奪われるのはやはり良い気分ではない。それでも伊予富士の美しい姿を見ながら進む道は途方もなく気持ちよい。
紅葉と笹原のコラボが美しすぎる秋の伊予富士
登山者を励ますように、坂の下り口には見事な紅葉。紅葉の伊予富士をさらに鮮やかに見せてくれる。ひと足早い秋を満喫できる、とても気持ちの良い風景。
伊予富士直下、稜線の鞍部に辿りついた。見上げる伊予富士の姿はとても大きく、はじまりとはいえ、山がまとった紅葉がとにかく美しい。これからこの一面が燃えるように真っ赤になることを考えると、また来週にも登りたいくらいだ。
この鞍部はとても広くてキャンプもできそうなくらい。そしてこの鞍部の下には、出発地点で別れた瓶ヶ森林道がすぐの所まで迫ってきている。地図には道として無いが、一直線に瓶ヶ森林道まで踏み跡がついているので、万が一の時はエスケープも出来そうな気がする。
瓶ヶ森林道は、この鞍部の下から伊予富士を巻き、気持ちいい笹原の稜線を渡る、まさに雲の上の道路となる。この地点の真下がちょうど、その「雲の上の道路」の出発点だ。
伊予富士の南側の岩壁にはなぜかここだけ見事に紅葉が色づいている。広がる伊予富士すそ野の笹野原と相まって、独特な風景を見せてくれる。
さあ、最後の登りだ。伊予富士直下は急な登りがあると知っていたが、こうやって見上げるとなかなか大迫力だ。
頂上に向かう道は、緑の笹野原の中に途切れることのない線で描かれている。先行して、登っている人が小さく見える。
急登はとてもきついが、付近の紅葉がとにかく目を楽しませてくれる。何度も立ち止まり、足元に気をつけながら写真を撮る。
紅葉の山肌から、突然飛行機が飛びだした。まるで伊予富士という巨大戦艦が大砲を放ったかのように、真っ白な弾道を描いて飛行機は青空の彼方へと飛んでいく。
そういえば、松山空港から伊丹空港に向かう時、搭乗する飛行機は石鎚山のやや北側を飛んでいく。いつも空から見下ろす石鎚山系は、あの飛行機からだろう。
紅葉に包まれた独特の岸壁が目と同じ高さまで迫ってきた。紅葉の向こう側には、まだ青々した山が幾重にも重なっている。自然と山に囲まれた四国の地が、手に取るようにわかる。
山の向こう側は、あの坂本龍馬が見ていたであろう、土佐の太平洋ぜよ。
頂上が見えた。腰をおろし休む人が多く見える。もう数メートル登れば頂上に着く。しかし、その感動を楽しむかのように立ち止まり、頂上手前でもう一枚、紅葉の写真を撮る。
こうやって見下ろしても、あの紅葉の岩壁の見事さが際立っている。まるで空から突然降ってきたかのように、あの岩壁の木々だけ真っ赤に染まっている。とても不思議だ。
伊予富士頂上からは360°の大パノラマの絶景!
「伊予富士」(1756m)へ頂上直下の急坂を登り切り、やっと頂上に着いた。頂上は紅葉シーズンもあり、多くの登山者でにぎわっている。
頂上について、360°の展望でやはり目を奪われるのは西側の風景。頂上の向こう側で、今まで見えなかった、頂上に立ってはじめて見える風景。そして、西日本最高峰、石鎚山とそれに従えられた四国の屋根ともいえる、尾根が連なる風景。
写真のほぼ中央、遠くに見える険しい山が、西日本最高峰の「石鎚山」(1982m、日本百名山)
伊予富士の頂上から延々と石鎚山に向かって稜線が続いていく。手前のピークから「東黒森」(1735m)、右へカープを描いて「ジネンゴノ頭」(黒森山・1701.5m)
そして「西黒森」(1861m)へと続き、その後ろには300名山の「瓶ヶ森」(1896.2m)が鎮座する。そこからいったん稜線は1500m以下まで高度をさげ、石鎚へと向かって再度登り返す。
稜線に続く道は縦走路。そして、写真左下に続いている舗装道路は瓶ヶ森林道。石鎚山の麓にある石鎚登山基地の「土小屋」まで、四国の屋根であるこの稜線に並走する。まさに雲の上のドライブルートだ。
四国の屋根を行く縦走路。笹原と紅葉した森に彩られ、とても美しい。一番奥に見える山が石鎚山。その石鎚山に続くように山肌を縫う道が奥の山にも見えるが、それは瓶ヶ森林道。車も走れる舗装道路だ。
石鎚山を遠望する。西日本で一番高い山にふさわしい、荒々しい山容がひときわ際立つ。石鎚山の頂上付近は、切り立った断崖絶壁の稜線が続く。
石鎚山の下にポッコリと稜線の上に置かれているような巨大な岩は「子持権現山」(1677m)
瓶ヶ森林道を石鎚山から走ると、その存在感をひときわ大きく感じる岩塊。写真左と、右に、稜線に沿うように瓶ヶ森林道が走る。そして子持権現山を巻くように、石鎚へ向かって瓶ヶ森林道は大きく標高を下げる。そして、石鎚山登山口の「土小屋」(1492m)にたどり着くと、立派な2車線の「石鎚スカイライン」となり、面河渓まで一気に山を下る。
瓶ヶ森林道27km、石鎚スカイライン18km。寒風山トンネルから面河渓まで、合わせて45kmの怒涛のドライブルートがこんな深い山の中に続いている。
伊予富士頂上から見下ろす瓶ヶ森林道。舗装はされているが、全線1車線。ブラインドカーブや素掘りのトンネルなど、野性味あふれるルートだ。
雲の上を走り、眼下には山々の重なり。そして頭上には笹原に覆われた稜線と空が広がる最高の景色が連続する。ただし、連休や行楽時期には多くの車が入る。観光バスまで入ってくることがあるので、運転には十分な注意とある程度のスキルは絶対必要。
ちなみに写真中央の瓶ヶ森林道から伊予富士の稜線に上がってくる登山道がある。しかし、登山道付近には車を停める場所は無い。路肩に駐車すれば、離合を妨げる元になるので、混雑期にはおすすめ出来ない。あくまでエスケープルートなどでの使用を想定したい。
さて、今度は南側、太平洋側に目をやる。
頂上直下には、登りの時に目を楽しませてくれた紅葉が見下ろせる。何故だか、断崖絶壁の岩壁の木々だけ見事に紅葉している。周りの緑の中に燃えるように浮かび上がり、妖しいほどに美しい。あの岩壁の頂上までは踏み跡がついているので、歩いて行けそうだ。
続いて北側、瀬戸内海側に目をやる。稜線に点在する美しい紅葉の向こうには雲。そう、ここは雲の上の世界。山の天気は変わりやすいというが、まさにその通り。今までの快晴がうそのように、瀬戸内海からもくもくと雲が湧きたち、雲海が広がってきた。
紅葉が進む伊予富士の山肌。深紅のヴェールを纏ったかのような山肌は、とても美しい。
さて、今回の新装備は「ラーメンポット」
250のガス缶がちょうど中に収められるすぐれもの。コンロなどの小物も入れるスペースがあり、パッキングにはとても便利だ。
今まで山で湯を沸かす時はコッヘルを使っていたが、コンパクトにパッキングできるラーメンポットを購入してみた。これで、2,3人で山に登った時、カップラーメンとコーヒー用の湯を沸かすのが簡単にできる。コンビニ弁当の他の登山者の横で、出来立てのラーメンとコーヒーを楽しむ優越感も悪くは無い。それに、この絶景パノラマの前で頂くラーメンとコーヒーは、実際に最高に美味しい。
しかし、どこからともなく、さらにもっと美味しそうな匂いが・・・
なんと、頂上で魚の干物をバーナーであぶってワインで頂いているお方が。また山ごはんのハードルが上がった・・・
頂上での昼食が終わったころ、登ってきた桑瀬峠付近の稜線は分厚い雲に覆われ始めた。まるで生き物のように、ゆっくりと空を舞い、山肌にまとわりつく。分厚い雲に覆われた山肌は、まるでギアナ高地のような、神々しい風景のように思えた。
この雲で雨の心配はいが、真っ白な中歩くのも面白くは無い。逆に今出発すれば、雲の間近を歩いて行ける。この時間としては可能性はとても低いが、「ブロッケン現象」に出会える可能性も無きにしもあらずだ。パッキングを終えたら、今度は頂上直下の「急坂」を下って下山を開始する。
紅葉の頂上から湧き立つ雲の下への下山
伊予富士頂上で、展望とランチを楽しんだらさっそく下山の途につく。標高1756mの頂上直下は急斜面になっている。息を切らしながら登った道は、帰りは高度感感じる慎重さを求められる急斜面になっている。
頂上から続く稜線の上の道が登山道。写真左上の鞍部となっている「桑瀬峠」(1451m)までは快適な稜線歩きで高度を下げていく。
瀬戸内海側(北側)から雲が稜線に迫ってくる。雲海となった雲が今にも真正面に見える「寒風山」(1763m)や「笹ヶ峰」(1859.5m)を飲み込もうとしている。
頂上直下の紅葉を纏った岩壁。この岩壁の木々だけ何故だか、周りに比べて紅葉が早い。まだ緑の木々の中に錦を纏ったかのように美しく鎮座するその姿は、何度も目を奪われる。
頬をなでるように過ぎていく秋風。その風に運ばれた雲海が、音もなく稜線へと忍び近づいてくる。まるで巨大な生き物のように、木々を真っ白な体の中に飲み込みながら、急斜面を駆け上がってくる。
雲が自分と同じ目の高さを飛ぶ。ここは西日本最高峰石鎚山(1982m)を頂点とした、標高1700m以上の頂が連なる、四国の屋根。まさに空と大地の境界線。空に突き出したこの場所には、雲が当然のような顔をして浮かんでいる。
稜線を越えた雲が、音もなく、コップの縁からこぼれおちるように、反対側への谷へと流れていく。全く音を立てないで、いや、かすかに笹が揺れる音が聞こえる。静寂の世界を、その存在すら疑いたくなるような雲の端っこが、稜線から流れ出していく。静寂と動。かすかに聞こえる音と、激しい雲の流れは、そこにある静けさをさらに深めていく。
稜線の道を歩く僕たちをも飲み込まんばかりに、雲は津波のように丘にまで襲いかかってきた。今まで見えていた雄大な風景を真っ白に染め、巨大な壁のように立ちはだかる雲の姿には圧巻だ。
まるで生き物のように、そしてその雲の境界線がはっきりと僕たちに近づいてくるのは、どこか恐ろしさすら感じる。
しかし、この雲の境界線に僕はある期待をもって走り寄った。「ブロッケン現象」が起きていないか、確認するためだ。
ブロッケン現象とは、このように雲がスクリーンのように目の前に立ちはだかった時、後ろから太陽の光を浴びると起きる。雲のスクリーンに自分の影が虹に包まれて現れるのだ。
その神秘の光景に再び出会えないだろうか。そう思い雲の前に立ちはだかったが、残念ながら太陽は後ろから僕を照らしてくれなかった。もうすでに昼すぎの太陽は、真上。横からの光を投げかける時間ではなかった。
この雲の中の住むブロッケンの怪物は姿を現さなかった。そして、音もなく、間もなく雲は僕たちを飲み込んだ。急に目の前が真っ白になった。
天気は急変する。真っ青な空は見えなくなり、あたりは今にも泣き出しそうな風景になる。山の天気はすぐに変わるというが、本当にその通りだ。桑瀬峠に着く頃には、雲は上空へと去り、再び青空が訪れた。
桑瀬峠からは雲が舞う、天空の散歩道を外れ、深い森の道をひたすらに下っていく。下山すれば、気持ちのよい温泉が待っている。そう思うと、歩みは不思議と軽くなった。