石鎚山【西日本最高峰の夏山登山】
標高1982m。西日本最高の標高の山は、四国・愛媛県にある「石鎚山」だ。日本百名山のひとつで、古くからの信仰の山でもある。標高1982mは雲上の世界で、夏には多くの高山植物が咲き誇る。石鎚山は信仰の山でもあり、今でも白装束の修験者たちが頂上を目指す。その修験者たちの修験道には崖をよじ登る「鎖場」がある。
今回の石鎚山登山は7月末。修験者が登る鎖場に挑戦し、頂上である「弥山」とは別の本当の西日本最高峰である岩峰「天狗岳」を目指す。この鎖場はいつも妻を連れていると回避するのだが、今回はここを登るため、単独行で石鎚を目指す。
石鎚山の代表的な登山道は2つ。ひとつは西条市の「石鎚ロープウェイ」。もうひとつは久万高原町の「石鎚スカイライン」だ。基本的にロープウェイ利用が、石鎚登山の表参道となり、四国外から訪れる登山者にはメインルートとなる。しかし、車の運転が苦でなければ、松山を経由し無料の「石鎚スカイライン」を使い、終点の「土小屋」からの登山がオススメだ。石鎚スカイラインは無料で、ロープウェイよりも経費が安くすむ。しかも、ロープウェイを利用すると「表参道成就コース」は、無駄に下りがある。出発点の標高は土小屋コースのほうが高く、お金も体力も無駄なく登れる。
土小屋付近からは石鎚山や瓶ヶ森の絶景が一望
面河渓谷入口から、石鎚スカイラインは始まる。鋭い角度のワインディングを何度も抜け、トンネルを何回も抜け高度を上げていく。やがて、山の向こうに鋭くとがった岩峰が見え始める。それが石鎚山だ。少しずつ少しずつ石鎚山が近づいてきて、終点の「土小屋」に到着する頃には、その大迫力の容姿が目前に迫る。土小屋付近からは今から挑む石鎚山の絶好の展望スポット。天へそびえ立つ尖った岩峰が頂上だ。周囲は深い森と、笹原に包まれた、まさに雲上の別天地。ここを訪れた者すべてを魅了する、雄大な風景だ。写真左下の谷の奥には、見えにくいが日本百名瀑の「御来光の滝」がある。ここが太平洋へと注ぐ四万十川にも匹敵する清流「仁淀川」の源流だ。御来光の滝には、ここから谷に降り、遡上するコースがある。
ちなみに石鎚スカイラインは無料だが、通行時間に規制がある。夏季は朝7時から夜8時まで。この時間より前や後には車は走ることができない。この時間より早く山に入りたいときや、この時間より遅く下山してしまったときは、土小屋から北へ走る「瓶ヶ森林道」を使うことになる。1~1.5車線、全線舗装路の稜線上の快走路だが、離合に気をつけないといけない、ハードな山岳路だ。
土小屋付近の駐車場は夏の休日にはすぐに満車になる。そのときは、「国民宿舎石鎚」の横を通り過ぎ、少し行ったところに相当広い駐車場があるので、そこを利用する。トイレは土小屋付近と、広い駐車場に1か所ずつ。売店・食堂は土小屋付近のロッジや自動販売機を利用できる。
土小屋から見る「瓶ヶ森」。日本300名山で、標高は1896m。頂上付近には「氷見二千石原」という広大な笹原が広がり、白骨林が立ち並ぶ。ここも夏には訪れたい、気持のいい風景が広がる場所だ。瓶ヶ森頂上は左のピーク。中央の鞍部(低くなっているところ)には、瓶ヶ森林道が走る。林道はここからあの向こうの瓶ヶ森まで、雲の上の稜線づたいに走ってくのだ。瓶ヶ森林道のドライブが、いかに気持ち良いか、おわかりいただけるだろうか。
風景を堪能したら石鎚山への登山開始だ。土小屋の標高は1492m。ここから1982mの頂上へ、約500mの登りが始まる。石鎚山には小さな子供や、年配の方も登山に挑んでいる。信仰の山だけあり、老若男女が訪れる。そのため、道はしっかり整備されていて、快適に歩くことができる。
登山道途中からも、周りの山々が気持ち良いほど展望できる。ここからは四国の多くの山々を一望できる。地球が丸いことさえもひしひしと感じられる。
夏は美しい高山植物が見られる石鎚山登山
しばらく行くと、笹野原に出る。ここから見る石鎚山の姿は美しく、代表的な写真も多く撮られるポイントだ。木陰に何箇所かベンチもある。少し疲れが出てくるところなので、お気に入りの場所でゆっくりと休止しよう。
雲ひとつない夏空からは、紫外線たっぷりの太陽の光が容赦なく降り注ぐ。とにかく肌をじりじり焼くような日差しは、ここが太陽に近い場所であることを否応なしに感じさせる。しかし、この青い空を木々を揺らしながら渡ってくる風はとても涼しい。緑のにおいを纏った青い風は、暑い日差しを少し和らげてくれる。
ここは僕のお気に入りの石鎚山の撮影スポット。登山道から少し、岩場をつたって崖の上に出て撮影するのだ。ストンと切り落ちた足元が少し怖いが、石鎚山はとってもいい表情を見せてくれる。
ここまでくると、石鎚山の頂上と自分のいる場所の高さが近づいてきたのに気づく。頂上の岩壁にしがみつくように建てられた、山小屋と石鎚神社の姿もはっきりと見える。
写真右にあるピークを越えたら、ついに石鎚山直下へとさしかかる。石鎚山頂上直下は険しい崖になっており、道は2つ。一般登山道で、大回りで石鎚の稜線を南から北へ回り、そこから頂上へ登るか。それとも、石鎚東稜基部から東稜を登り、直接頂上を目指して稜線を登るかだ。しかし、後者は「山と高原地図」でも難路とされ、熟練者向けの険しいコース。一般登山者は、何も考えずに目の前の広い道を進むほうがよい。心配しなくても、東稜コースは踏み跡しかないので、間違っても迷い込むことはないだろう。それに、石鎚の岩壁直下は、カールのような氷河の跡らしき場所もあり、そこにはお花畑が待っているのだ。
緑の絨毯の上に咲くナンゴククガイソウ。紫色の花がとても可憐な、夏の石鎚を代表する花。岩壁に囲まれた緑の谷は、まさに高山植物の天国。特に、この日は真っ青な空から降り注ぐ眩しい光が、鮮やかな色を眩しく光らせ、さらに美しく際立たせる。
カールのような谷の入り口には、目が覚めるような風景が待っていた。とっても美しいオニユリがそこに咲いていた。後ろには、オニユリに「花を添える」かのように、ナンゴククガイソウなどの高山植物も美しく咲いている。真っ青な空をキャンバスにして、鮮やかな緑の中に咲く眩しいオレンジ。その鮮やかな原色が織りなす風景は、夏山そのものだ。
この岩壁の上は、石鎚山の頂上付近の稜線。岩壁の下の谷には、5月になっても雪が残ることも多い。まさに、日本アルプスを彷彿させる美しさが、四国の山の中にも確かに存在した。
石鎚山頂上直下の道のお花畑や深いブナの森を楽しみながら歩くと、大きな鳥居と小屋が現れる。そして、山の下からもう1本道が合流している。ここは、石鎚山のもう一つのメインルートである「表参道成就コース」との合流点。瀬戸内海沿いの西条市からロープウェイで登るルートである。
ここからは瀬戸内海を一望できる。西日本一標高の高い山の頂上直下まで登ってきたのに、すぐ真下に海が見下ろせるなんてとても不思議な感じた。海から一気に2000m近い高山が立ち上がる、四国山脈の特徴をよく感じられる。
ここが二の鎖なのは、「表参道成就コース」の途中に、すでに一の鎖があるからだ。ロープウェイを降りてしばらく行ったところには石鎚神社の成就社があり、旅館も数軒ある。その名の通り、海側から登ってくる「表参道成就コース」の方が歴史ある修験道で、一番のメインルートである。石鎚山は山岳信仰で栄えた山で、ロープウェイがある西条市には、石鎚神社の本殿がある。この鎖場は、信者たちが白装束で御神体である石鎚山に登る険しい修験道で、信仰の道なのだ。
鳥居をくぐり、階段を登ると二の鎖小屋がある。残念ながら営業は現在はしていないので、利用はできない。その小屋の裏に鎖場の登り口がある。
天空の修験道、石鎚山の鎖場に挑戦!!
鳥居が立つ二の鎖の入り口。ここから65mの鎖場が続く。
さて、岩場を登る時にマスターしておきたい基本技術は「三点支持」。必ず両手両足のうち3つは足場をとらえ、のこりの一つだけを交互に動かして次の足場へと進む技術だ。マスターするというほど難しいものではないが、岩場の上では三点支持を忘れずに、急がず慎重に進みたい。
ちなみに2本の鎖が設けられているが、片方は下り専用だ。岩場は、登りより下りの方が難しい。それゆえに、この鎖を下ってくる人はひとりもいなかった。かなり急な鎖場なので、よっぽどではない限り、下りは迂回路を使うことをおすすめする。
さっそく鎖場に取りつく。思っていた以上に斜面は急だ。登るに、足元には圧倒的な高度感が生まれ始める。高所恐怖症の人はこんなところを登らないかとは思うが、怖いと思う人は下は見ないことだ。
鎖場の途中、広くなっている場所から下を振り返る。下に見える小屋が二の鎖小屋。鎖場は、この小屋のすぐ裏から続いている。下の方で続いてくる人が豆粒のように見える。ここから見下ろす景色はとても気持ちよく、鎖場を登っている緊張感もありなんだか気分が高揚する。
ここから少し登ると、二の鎖は終了だ。
一度一般登山道に合流し、少し行くと、今度は三の鎖が見えてくる。三の鎖は67m。むき出しの断崖絶壁の岩肌をよじ登る。二の鎖よりも見るからに険しく、ロッククライミングさえ彷彿させる険しさだ。
三の鎖も現在は営業していない小屋の傍らから登り始める。見上げると、鎖がぶら下がっているのは断崖絶壁。間違って転落しようものなら大けがだけでは済まない。ここで無理だと思う人は素直に小屋の横からの一般登山道を進もう。登り始めると、途中ではもう降りることはできない。止まってしまうと、鎖場で大渋滞が発生し、周りの人まで危険に巻き込んでしまう。
この三の鎖はなかなかハードだ。登山の技術としては、鎖には全体重をかけず、補助的なものとして使うのが常識である。しかし、この鎖場は、どうしても鎖に全体重を預けないといけないところも多くある。鎖自体に足をかけられるような金具も取り付けられていて、鎖にぶら下りながらよじ登るような場所もある。
そのためか、この鎖はとっても頑丈で、車でも吊りあげられそうなくらいだ。極太の鎖1本1本に人の名前が刻みこまれている。おそらく信者が奉納したものなのだろう。安全登山を祈って奉納してくれた信者の思いが、伝わってくる思いがする。断崖絶壁の岩場で命を託す1本の鎖。まさに命綱に身を預け、死と隣合わせの場所に放り出されたわが身は、今まさに、古から続く厳しい修験の世界にいる。
ほぼ垂直に切り立った崖を、わずかな足場と鎖を頼りによじ登っていく。思った以上に体力を使う。必死に鎖にしがみついていると、何も考えられなくなってくる。修験者は、こうやって無我の境地に入り、神と対話していたのだろうか。どちらにせよ、こうやって写真を撮っている時点で、僕は神との対話はありえないだろう。
しかしもうすぐ頂上だ。鎖場の一番上に見えている柵は、石鎚神社のお社だ。鎖場を登り切ると、石鎚神社のすぐ横に出る。険しい修験の道を乗り越えてきた人間は、石鎚の神が直々に出迎えてくれるのだ。そして、神が鎮座する、素晴らしい雲上の世界がそこに広がっている。
石鎚山の頂上「弥山」からは360度の四国の山々の大パノラマ
石鎚山の鎖場を登り切ると、待っていたのは石鎚神社の社と絶景。ここが石鎚山頂上の弥山(みせん)だ。頂上には立派な石鎚神社があり、神主も滞在している。時々法螺貝が吹きならされ、太鼓が打ち鳴らされ、祝詞が読み上げられる。参拝する信者が後を絶たない、石鎚山岳信仰のよりどころだ。
また、ここには立派な山小屋がある。石鎚山は宗教の山だからか、キャンプ場は設けられていない。御来光などを拝むときはこの頂上山荘に宿泊する。近年改築されたばかりで、とても清潔なのがうれしい。食堂や売店もあるので、日帰りの登山客にとっても頼もしい。弥山の頂上はとても広く、360度の素晴らしい展望を望むことができる。ここは四国の最高峰。ここから見えるどの山よりも高くにいるのだ。足元は切り立った崖で、その下には深い谷が広がる。この谷は、四国を代表する清流のひとつ、「仁淀川」の源流点だ。ここから太平洋まで、長い長い旅が始まる。
石鎚山の昼食は、素晴らしい絶景が楽しめる弥山頂上でやはり楽しみたい。しかし、ゴールデンウィークや紅葉の時期は、石鎚山は大渋滞。広い頂上も足の踏み場がないくらい人でにぎわう。
先ほどここより高い所は無いと書いたが、実は1か所だけ、ここ弥山よりも高い場所が四国にある。それが弥山の東側にそびえる鋭鋒、「天狗岳」だ。弥山は石鎚神社や頂上小屋があり、実質的に石鎚山の頂上ではあるが、石鎚山の最高峰は標高1982mの、あの天狗岳だ。その天を貫かんばかりに研ぎ澄まされた山容は、まさに槍の穂先、天狗の鼻のようだ。
天狗岳の頂上をズームしてみる。人が何人か立っているのが分かる。その足元は、ずっぱりと切れ落ちた断崖絶壁。弥山から天狗岳に行くには、両側が切れ落ちた細い稜線を進まなければならない。まさに鋭い刃の上を歩いてくような、スリリングな道。1歩踏み外せば、奈落の底にまっさかさまという場所も何箇所かある。それゆえに「山と高原地図」では、ここから天狗岳への道は「熟練者向け」のコースに指定されている。ここまで登るのにも体力は消耗している。自信のない人はここから先へ進むのは控えた方が良いだろう。
しかし、石鎚山に登って、西日本最高峰を踏まないなんて考えられない。ピークハントを目的に登って来た登山者たちは、このナイフのエッジのような鋭い稜線を進み天狗岳を目指す。それゆえ、頂上が渋滞する時期は、この細い稜線の上も多くの人で渋滞する。特に、弥山直下には鎖場があり、交互に人が通過するので、鎖場の前で15分待ちなど平気で発生する。
本当の西日本最高峰「天狗岳」を目指して
弥山直下から見渡す周辺の山。「西ノ冠岳」、「二ノ森」、「堂ヶ森」などの山がと持ちいい稜線を青空との境界に渡していく。山肌に広がる一面の笹野原と原生林がとても気持ち良い。
天狗岳までの細い稜線は、両側を断崖絶壁に挟まれた、まさに綱渡りだ。特に北側は垂直に切り立った高い岩壁。足元はずっぱりと切れ落ちていて、足がすくむような高度感が否応なしに襲ってくる。足を踏み外せば、下の森までまっさかさまだ。慎重に歩を進める。
西日本最高所「天狗岳」頂上で過ごす贅沢な時間
やっと天狗岳に到着。ここが本当の西日本最高峰で標高1982m。ここより上の大地は四国にはない。まさに天に一番近いところだ。奥に見える山は「南尖峰」。今日はあのピークまで稜線を歩いてみるつもりだ。しかし、その前に、この気持ち良い一番の「てっぺん」でランチだ。
やはり西日本最高峰は気持ちが良い。空の上にいるようだ。険しい道を渡って来た登山者のほとんどが、この天空に突き出した大地の矛先で思い思いの時間をくつろぐ。お弁当を食べる人、仲間と楽しく話をする人、写真を撮る人。なんと、ここで寝転がりながら、小説を読んでいる人もいる。人それぞれの登山の楽しみ方があるものだと感じた。
弥山頂上は、すいているとはいえ、それでも人が多く込み合っている。こちら天狗岳の頂上は弥山に比べてかなりすいていて落ち着ける。
僕はコンビニのサンドイッチをここで食べた。コンビニ弁当とはいえ、ここで食べるランチはとてもおいしい。やはり絶景は最高のスパイスである。昼食の後は、岩にねっ転がり昼寝だ。日差しは暑いが、空を渡る風はとても気持ちいい。タオルを顔にかけ、この岩峰の上に横たわると、とても気持ちいい。風の音、鳥の声・・・目を瞑り意識を周囲に傾けると、今まで聞こえなかったものにいろいろ気づく。最高のリラクゼーション、癒しだ。
しばし自然との対話を楽しんでいると、気持ちよくなって少し眠っていたようだ。体は幾分と軽くなった。極上の休憩を楽しんだ後は、この切り立った稜線をさらに進んでいく。
「南尖峰」に向かい後にした天狗岳を振り返る。あらためて感じる、天狗岳の鋭鋒さ。一歩足を踏み間違えたら100mは下にまっさかさまの岩壁は恐怖。人間はもちろん、鳥さえも寄せ付けない険しさだ。
しかし、時々この岩壁に人間が張り付いている。ロッククライマーだ。見事にこの垂直に切り立った岩壁を登り、頂上の天狗岳へと直接よじ登ってくる。その卓越した技術と体力、度胸には感服だ。彼らは修験者が歩んだ修験道よりもさらに険しい道を登ってこの山に登ってくるのだ。
南尖峰に到着。ここから見下ろす山肌に奇岩が見える。これが「大砲岩」。確かに天に突き出した大砲の砲身のようにも見える。名前はよく聞く大砲岩だが、思っていたほど射程距離は長くなさそうだ。いやいや、もしかしたら、この地面の中に、長い砲身を隠しているのかもしれない。
切り立った稜線はここで終了。ここから足元へ稜線は深く落ちていく。
しかし、この険しい稜線にも何人かの登山者がとりついている。ここは「東稜」と呼ばれる稜線。踏み跡程度しかない登山道が続いている。「山と高原地図」では熟練者コースとされるこの道。とりついている登山者を見ていると、深い藪をこき、険しい岩肌にしがみつきながら登っている。
今日の僕の服装はハーフパンツに半袖。このコースを進むには適さない格好だ。今日は下見で済ませ、ここからは来た道を戻ろう。
貴重なキレンゲショウマも咲く石鎚山の夏の花
下山時は登山道に咲く高山植物や四国の花を探しながら歩く。紫色の小さな可憐な花、「シコクフウロ」眩しい夏の光に照らされた花の紫は、とても鮮やかだ。
薄い紫の「ヤマアジサイ」差し込む光がスポットライトのように一輪だけを見事に照らしている。
登りに「オニユリ」を撮った場所。オニユリは、よく歩いた信州の山でも目立つ存在なので、花に疎い僕でもいっぱい写真を撮った。太陽の位置が変わり、逆光になったのでもうきれいなオニユリは撮れない。そのかわりに、谷間に差し込む光が照らし出した緑。影の中に輝く緑は、目が覚めるような美しさだった。
さて、詳細な場所はお伝えできないが、足もとに広がる深い谷に向かって、吸い込まれるように石鎚から湧き出した水が伏流している沢がある。その小さく急な沢はいっぱいの植物に覆われている。ここが四国の深い山に咲く「キレンゲショウマ」の群生地だ。花期はまだ始まったばかりなので数は少ないが、確かにいくつかに可憐な黄色が咲いているのがここからでもうかがえる。登山道からも沢に降りることができるが、絶対にそれはしてはいけない。キレンゲショウマが群生している沢はガレ場。大小の石が積み重なって地面を形成しているので、人が踏み入ると簡単に崩れ、キレンゲショウマが根元から抜け落ちてしまうのだ。
「キレンゲショウマ」は、湿った林床に生育する草丈約1mの多年草。7月末から8月にラッパ形の黄色い花をつける。一番最初に発見されたのがここ石鎚山で、個体数も少なく稀にしか見ることができない花だ。環境省のレッドデータブックにも絶滅危惧種として登録されている。キレンゲショウマの生育地として四国では石鎚山と対をなすの霊峰の「剣山」が有名だ。徳島県にある剣山も山岳宗教の山で、百名山のひとつ。ここ石鎚山と並び、四国を代表する名峰だ。その剣山を舞台にした宮尾登美子氏の小説「天蓋の花」でキレンゲショウマが扱われており、この小説が松たか子主演で舞台化されたことにより、キレンゲショウマはとても有名になった。
「キレンゲショウマ」の名は、最初に発見した人が信州などに咲く「レンゲショウマ」に似た黄色い花と思ったからだと聞く。しかし、「レンゲショウマ」とは色を別にしても、全く似ても似つかぬ花だと僕は思うのだが・・・
沢一面がキレンゲショウマ畑と化している。世界的にもとても貴重な場所だ。この中には入らないようにしたい。咲いている一輪だけでも珍しい形で、とても可憐な花だ。これがこの沢に一面の黄色い花を咲かせたら、どんなにきれいだろうかと、想像しただけでも絶景が思い浮かぶ。キレンゲショウマに近づきたいが、少し距離を置いて、可憐な花の姿を楽しんだ。
「タマガワホトトギス」ちょっと毒々しくも見える花だが、やはり美しい。僕的には、ちょっと悪女なイメージ(笑)
これもヤマアジサイ。訪れたのは7月の末なので、多くのヤマアジサイの見頃は過ぎていた。しかし、日の当たらない谷間の個体は、今も鮮やかな青い花を見せてくれた。
やっと、石鎚山を見渡せる笹野原まて戻ってきた。登りは石鎚に目を奪われたが、帰りはその山の下まで続く笹野原の広さに目を奪われる。
登りに石鎚を撮った同じ場所から再び石鎚を撮る。朝とは違い、もう日は逆光。石鎚山の方から太陽が射している。石鎚山はシルエットになってしまったが、笹野原の緑はとてもきれいに見える。
しばらく石鎚山の姿を見返したあと、再び出発。ここからは下りに専念したこともあり、なかなか早く土小屋の駐車場に戻ることができた。自販機でジュースを買い、Tシャツを着替えたら、クールダウンもほどほどにして今度は車を走らせる。向かう先は「面河渓」。この石鎚に源を発する、清流を集めた美しい渓谷で、真夏の涼を求めるのだ。
石鎚山の登山を終え、石鎚スカイラインのワインディングを車で下る。登山を終えて疲れた足には、この急カーブが連続する道はきつい。ブレーキ操作を誤らないように、慎重に・・・
登山の後のクールダウンに立ち寄りたい清流・面河渓
石鎚スカイラインの終点に到着すると、そこが「面河渓」の入口だ。スカイラインの出口の橋を渡ったところを右折。すぐ、「石鎚山岳博物館」がある。ここの駐車場か、スカイライン出口の駐車場に車を停め、面河渓の散策に出発。
面河渓のメインの場所は、「国民宿舎面河」(現在廃業)の近くの「五色河原」ではあるが、山岳博物館近くの渓谷にも遊歩道がある。五色河原と違い、こちらの方が深く狭い谷が続く。川の水深も深いので、どこまでも澄んだ面河の水の透明度を感じることができる。石鎚山岳博物館から眺める面河川。先ほど登って来た石鎚山に源流をもつ清流だ。あの深く美しい自然がつくり出した水は、僕たちの想像の域をはるかにこえた美しさを湛えている。
博物館の建物の半地下部分を通り抜けると遊歩道が始まる。昔はこの遊歩道も観光客で栄えていたのだろう、売店が並んでいる跡がある。しかし今は訪れる人もまばら、売店も閉められて長い年月が経っている。そんな静かな谷間に、ヒグラシの声が鳴り響き、清流がかき混ぜた冷たい風が吹いてくる。とても涼しく気持のよい、日本の夏の夕方がここにある。
ヒグラシの鳴き声に交じって、水の音が聞こえ始めた。よく見ると、険しい岩肌深く彫り刻んだように滝が落ちている。この滝は「関門」といい、面河渓の景勝のひとつ。滝の周りには、深い淵が横たわっている。しかし、その深い淵を覆う美しい水は、その中を隠すことなく、底の様子まで水面上に晒し出している。美しい色の水がいっぱいにたたえられ、常に滝から注ぎ込まれる淵。まさにそこは瑠璃色の宝石箱。飛び込んで泳ぎたくなる衝動に何度も駆られる。
周囲を取り囲む山の緑が溶け込んだかの様な水の色。そして、深い川の底まで手に取るようにわかる水の透明度。
緑の木々の中、瑠璃色の水の上に鮮やかな花が一輪咲いている。コオニユリと思うが、あんなに茎長かったかな?煌くエメラルドグリーンと眩しいオレンジの組み合わせはまさに宝石。稀に見ぬ美しさを楽しめる、素晴らしい渓谷のハイキングだ。
渓谷の遊歩道の立派な橋を渡り、渓谷の底から登ると、細い車道の橋に出る。ここから遊歩道を戻ってもよいが、車道を歩いて駐車場まで戻るのも面白い。ここからは細い道路が素掘りのトンネルを何本も貫いて岩肌を這うように続いている。面河渓の眺めは望めないが、深い渓谷をゆく道路を歩くと、なんだかとても遠いところに来たような気になる。空に山に花に水・・・夏の石鎚山は夏をいっぱいに楽しませてくれる素晴らしい山旅だった。