白馬乗鞍岳登山【7月残雪期・天狗原まで】

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北アルプスの最北限にあり、森林限界を越えたアルペン的な風景をロープウェイなどを使い比較的短時間で登れる山が白馬乗鞍岳(2436m)だ。頂上直下に白馬大池という北アルプス2番目の広さの池がある絶景の山。北アルプス屈指の人気を誇る白馬岳の縦走コースにある山で多くの登山客が訪れ、コースや施設も充実している。緯度が高く、日本海近くということもあり、遅くまで雪を見ることができる山だ。

ロープウェイを乗り栂池自然園から登山開始

栂池パノラマウェイで、ゴンドラリフトとロープウェイを乗り継いでたどり着いた場所。それが「栂池自然園」だ。
遅くまで雪を頂いた白馬連峰の麓に抱かれた、一面の高層湿原。夏場に栂池パノラマウェイに乗る人のほとんどが、この栂池自然園を目指す。自然園の入口にはビジターセンターや「村営栂池山荘」「栂池ヒュッテ」が並んでいる。宿泊はもちろん、食事や買い物もでき、自然園のトレッキングの基地となっている。またここは、白馬岳方面への本格的登山の入口でもあり、今日僕が向うのはこちらである。

今日目指すのは、「乗鞍岳」(2436m)
日本百名山の「乗鞍岳」とは違い、それと区別するため、白馬乗鞍岳と呼ばれることも多い。頂上は雪をまだ頂く写真右の山のピーク。すぐそこまで雲が迫る、まさに雲の上の残雪の頂上へ向けて、登山開始。
・・・しかし、予想以上に雪が残っている。ちょっと心配。

さっそく登ろうと思ったが、ビジターセンター脇の池に咲く花に足を止められる。
水芭蕉だ。池のほとりに咲き、水鏡にその美しい姿を映した風景は幻想的。5月、6月の信州の湿原によく見られるが、7月のこの地にまだ花を残している。美しい花を見ながら、雪と花がまだ残る、この地の冬の厳しさを感じる。そんなこの地に訪れたひと時の暑い夏、すべての生き物がそれを謳歌しているかの様に思えた。

ビジターセンターと公衆トイレの間に登山口の入口がある。ここからの道は、栂池自然園のトレッキングと違い本格的な登山道。森林限界上の稜線に出るには、遅くまで残る雪の上を歩かないといけない。きちんとした登山装備と経験が必要な道となる。ここからは白馬大池小屋まで約3時間半、トイレは無い。トイレは済ませ、食糧・水など万一不足しているものがあればここで補充しておきたい。
道を少し下り、沢を越えると、道は二股に分岐している。特に道標はないが、どう考えても左側へ登って行く道が方向的に正しいので、そちらへと進む。

季節を戻したかのような雪が残る登山道

しばらくは視界の効かない、うっそうとした森を登って行く。夏場の森はとにかく暑く、すぐに汗が吹き出す。時々登山道を横切るように小さな沢がいくつか流れている。その付近で立ち止まると、とても涼しい風が山の上から流れ落ちてくる。しばしのクールダウン。
標高を上げていくとついに雲の中に突入した。辺りに霧が一面に立ち込める。しかし、空からは太陽の光が降り注いでいる。雲を抜ければ、雲上の別天地が待っているはずだ。見下ろすと、雲の隙間から山麓がわずかに見える。高い場所まで登ってきたと実感させてくれる風景だ。

この山域は遅くまで雪が残る。登山道には冷たい水が所々に小さな小川となって流れている。その水際に、鮮やかな緑が。ワサビかと思いきや、どうやら花を落とした水芭蕉のようだ。
この後も冷たく流れる小さな川とも呼べない水の流れは次々に現れる。そのほとりには水芭蕉やいろいろな緑が命を紡いでいた。

登山道に残る水芭蕉。木陰で遅くまで雪が残っていたのだろう。日が当たらない薄暗い場所に咲く、その清楚な白のコントラストがとても眩しい。

7月の中旬というのに、登山道の所々にはまだ雪が残っている。
目指す白馬乗鞍岳は、北アルプスでの中でも最も北のエリアに位置する山。日本海の豪雪の影響で、その雪量は北アルプスの中でもかなり多い。夏場に雪に触れ、雪の上を歩くのはとても楽しい。雪が多くなってくると、高木は少なくなり、涼しくなってきた。ここからまとわつくような暑さを忘れる快適な登山になるだろう。
しかし、そう思ったのは束の間。ここからは暑さよりももっと不快なものにまとわりつかれる。大量のブヨだ。僕が大学生の頃になるが、目指す白馬乗鞍岳の反対側、北アルプス最北の山である朝日岳北側山麓の北又小屋付近で大量のオロロというアブに襲われた。脚の形が変わるくらいまで刺された(当時の山岳系サークルの服装はニッカボッカなので、足が刺されやすい)
同じ山域なので、オロロがいるのではないか?そう思って登山前には北又小屋との標高・季節を確認したが、たぶん大丈夫だろうと読んでハーフパンツで登ってしまった。オロロのような大きなアブは少なかったが、ブヨはとにかく多く、ずっと絡みつく。脚はもちろん、耳の横などいっぱい刺されてしまった・・・
これがこの登山の失敗のひとつ目。過去にあれだけ痛い目にあったのに、全く虫対策をしていなかった。やはり遅くまで雪が残り、水が豊かな山域に入るときはブヨ対策が必要。帽子をかぶり(出来ればつばが1周するもの)、長ズボンをはき、虫よけスプレーをする。この対策を全てしていた妻のブヨ被害は全くと言って無かった。横に刺しやすい僕がいたのが一番のブヨ対策だったのかもしれないが・・・

頭上を覆っていた木々は退き、雪を乗せた白馬乗鞍岳の山肌が覆いかぶさるようにそびえるようになった。木々は背丈の半分ほどのものしか生育していない。
ついに森林限界を超えた。穂高などの北アルプスのメジャーエリアでの森林限界は約2600m。しかし、この場所は緯度が高く、雪の影響が大きいため、森林限界は2100m程で訪れる。

しばらく行くと、これまでになかった大きな雪田が現れた。
遅くまで残っているようで、横切るための補助にと、雪田の上部からロープが垂らされている。暑い夏に見る雪。見ているだけでもとても涼しく感じる。少しずつ融け出し、今も冷たい雪解け水を流し続けている。

雪田をゆっくりと慎重に登る。斜面はさほどきつくなく、多くの人が登るので足場はしっかり固められている。補助のロープもあるので、ここでアイゼンを出す必要はない。雪の上に立つと、夏の空気の中に舞いあがった雪の冷気がとても涼しく感じる。

雪田で振り返ると、山麓に広がる栂池の町並みが広がる。同じ目の高さを雲が流れる。雲の上の残雪の世界。ついに突入。

雪原の向こうには森林限界を超えた灌木帯が広がっている。急な斜面は少し緩やかになってきた。間もなく本日の第一目的地、雲上の湿原「天狗原」に到着する。
「栂池パノラマウェイ」の終点、栂池ロープウェイの自然園駅より約1時間半。蝕むような暑さとブヨの襲撃に耐えながら、やっと「天狗原」に辿り着いた。

湿原が広がる美しい天狗原

背丈ほどの低木の中を抜けると、突然目の前が開ける。それは標高2200mに広がる一面の高層湿原だ。北アルプスの最北限、白馬乗鞍岳(2436m)の山麓に抱かれるように広がっている。それは雲の中の世界。湿原にはまるで生き物のように雲が流れては垂れこめる。

湿原の中には、大きな池が広がっている。ここに湿原のすぐ上にそびえる白馬乗鞍岳の姿が映れば、絶対に美しいだろう。
本当は頂上で昼食をとるつもりだったが、予想以上にゴンドラの乗車時間を含め、天狗原にたどり着くのに時間がかかった。お腹も減ってきたので、ここでランチにする。
ちょうど木道にベンチがつくられているので、この美しい景色を楽しみながら休憩することができる。まだ、ブヨもいるとはいえ、先ほどより相当マシになった。ゆっくりランチをしながら、天候の回復を待つことにした。

ランチを楽しんでいると、予想以上に早く雲が退いた。大慌てで一眼レフを取り出し、撮影する。池に写る雪をまだ纏った逆さ白馬乗鞍岳。とても美しく幻想的。

太陽の光に照らされた湿原はとても開放的で明るく、美しい。空の青さ、雪と雲の白さ、草木の緑がとても眩しい。思いっきり深呼吸して、この風景がつくりだす清々しい空気を味わう。

湿原の北側は雲に覆われていて視界がきかない。そのため、湿原の向こうには何も見えない。ここが空に浮かんだ島のようにさえ思えてしまう。

再び湧きたつ雲が、雪の頂を覆い隠してしまう。水面も白く曇っていき、そらの青さと雪の白さを映した美しい鏡像も白いヴェールに閉ざされていく。

雲のヴェールに遮られ、再び光を失っていく湿原。とはいえ、雲の上は青空。この雲はこの湿原のすぐ上を飛んでいる。今は陰っているが、頂上に着けば雲の上の世界だ。荷物をまとめたら、再び頂上目指して歩き始める。
天狗原の道はすべて木道。道の脇にはロープが張られ、湿原には入らないようにされている。道はとても整備されていて歩きやすい。やはりここは登山コース上でも貴重な自然が残る場所。ロープの外に踏み込むようなことは慎みたい。もちろん草花の採取も禁止されている。

ワタスゲがいっぱいに実を結んでいた。6月から7月に花を咲かせると、その後は真っ白な綿帽子をつける。湿原一面の純白のワタスゲが風にたなびく様子は、美しく幻想的だった。ワタスゲ以外にも、多くの高山植物が競うように咲く美しい場所だった。

天狗原の湿原。まさに雲上の別天地。雲の上の楽園があるとすれば、こういうところなんだろうか。
しばらく行くと、木道は白馬乗鞍岳と風吹大池への道に分岐している。もちろんここは、目的地の白馬乗鞍へ道標が示す方向へと進む。すぐに木道は終り、ここからがこのルートの正念場となる。

行く手を阻む夏にも残る広大な雪原

「天狗原」でランチをとりながら、その美しい湿原風景と雪と雲を纏う白馬乗鞍岳の風景を楽しんだ。
その後湿原内を散策しながら、ついに登頂を目指す「白馬乗鞍岳」に続く登山道へとやってきた。見上げる白馬乗鞍岳の山肌には、大量の雪が雪田となって横たわっている。2436mの頂上まではあと200mほどの登りだけなのだが、ずいぶんと遠いような気がする。

天狗原の中は木道が整備されていたが、登山道にとりつくと、道は再び歩きにくくなる。それは、天狗原まで登ってきた道よりもハードな道だ。大量の雪解け水が今も流れ込む登山道はまるで川で、大きな石の上を渡りながら歩く。
そして、その川のような道は次第に雪におおわれ、灌木がすぐ近くまで迫ってくる。岩に施されたペイントを目印に、迷わないように慎重に先に進む。灌木にひっかからないように。そして何よりも、薄くなった雪を踏み抜かないように・・・

灌木と雪に覆われたガレ場を抜けると、目の前にあの巨大な雪田が現れた。青空とそこを舞う真っ白な雲。スポットライトのように白い雪の上に落とされる光と影が流れる。
ガレ場の通過で少し不安になったが、この開放感に再び前に進む気力がみなぎった。

雪田を渡る高原の風が、その冷気を夏の空気の中に巻きあげている。ここにいてもとても涼しく感じる。よく見ると、雪田にはクレパスのような裂け目が・・・
この下部は崩落の危険がありそうだ。登山コースからは大きく離れているので大丈夫だが、コースから外れて、雪田の中に入るのはとても危険だ。

さて、雪田の真下までやってきた。改めて真夏に見る大量の雪の迫力と冷気には圧倒される。登山コースはこの雪田の端を登るように作られている。ここからは雪の上を登って行くことになる。
ここで問題がひとつ。ここには雪田が遅くまで残り、雪の上を歩かないといけないのは情報として得ていた。しかし、予想以上に残雪の量が多い。しかも、雪田を「横断」すると情報を得ていたが、これは雪田の「登坂」になりそうだ。
まるで近くにある「白馬大雪渓」と同じような雪の上の登りが、短い距離だがずっと続いている。初心者ならアイゼンが必要だと即時に判断できるほどの雪の量だ。事前の情報より今回はアイゼンは不要と持ってきておらず、ストックを1本、妻に持たせているだけだった。行けるかどうか不安だが、とりあえずは雪の登りにとりつく。

初めは岩が突き出した雪の上を歩いて行く。ここでは雪を踏み抜いて、岩の隙間に足を取られないように気をつける。振り返ると、先ほどまで居た天狗原がずいぶんと下にになってきた。
湿原の中を縫うように木道が敷かれている。天狗原の下は一面の雲。まさにここは雲の上の別天地だ。

ついに雪田の中核部にたどり着く。流れる雲に覆われ、一気に雰囲気が変わる。今までは青空の下の美しい風景。しかし今は一面色をなくした、過酷で厳しい登山道。

見上げる雪田。先はまだまだ続き、角度もかなりきつくなってきた。もう、雪田にとりついてかなりの時間が経過している。僕は雪の登坂・下降は大好きなので問題がないが、妻はとても苦労している。やはりここはアイゼンがないと、妻にはきつそうだ。
無理に頂上に向かっても、慣れないと雪の上では、登りより下りの方が時間がかかる。ロープウェイの時間もあるので、登頂はここであきらめることにした。これより下山し、ロープウェイ最終便まで「栂池自然園」のトレッキングに予定を切り替えよう。

再び天狗原へと下って行く。雲がどんどん辺りを覆い隠していく。神秘的な風景に、どうせ頂上まで行っても雲で何も見えないだろうと自分を納得させる。

しかし、雪田を下りきったところで、再び雲は退き、美しい残雪のアルプスの風景が姿を現した。
まるで自然の嫌がらせだ・・・
いや、撤退する僕たちにもう一度、最後に美しい風景を見せてくれたのだと信じよう。遠くから見ると美しい雪だが、格闘する相手としては、とにかく手ごわかった。

今回の反省点

虫刺されの防止対策はしてなかったが、刺された後の対策はある程度していた。
虫刺され薬も有効だが、僕が薬を塗る前に使うのはこの「ポイズンリムーバー」
毒虫や蜂に刺された時、傷口から毒を吸引する道具だ。ブヨは毒は持っていないが、吸血する時に血が凝固しないよう、体液を人体に注入する。体に入ったブヨの体液に人間の抗体が反応してかゆく感じる。
そのため、刺された直後にブヨの体液を吸い出すと、抗体反応も少なくなる。これで相当症状はマシになり、継続してかゆみが続くことはなくなる。それでも1週間は思い出したかのようにかゆくなる。
なお、効果には個人差があります(笑)

ビジターセンターに掲示されていた「白馬大池」の3日前の写真。白馬乗鞍岳の頂上直下に広がっている高山の池だ。池はまだ雪と氷に覆われている。
20年近く前、僕がまだ高校生の頃に白馬大池に同じ7月に行った。そういえばその時、雪と氷に覆われた池の湖畔で寒くて凍りかけた弁当を食べていたのをこの時思い出した。その時の雪量を旅の出発前に思い出していれば、アイゼンは必然的に装備していただろう・・・

白馬乗鞍岳登山に便利なリフト乗り場徒歩圏内のホテル

天狗原

場所: 長野県北安曇郡小谷村
交通: 栂池パノラマウェイ・自然園駅より徒歩1時間20分
   (登山装備必要)
料金: 無料
トイレ: なし(入山前に栂池自然園を利用)

【投稿時最終訪問 2008年7月】

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