小笠原・南島【沈水カルスト・絶景の無人島】

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小笠原の代表的な風景のひとつである、南島の扇池。父島の南西部に位置する小さな無人島にある白砂ビーチの入口は岩で閉ざされており、岩に空いた穴で青い海につながっている、まるで物語の舞台のような風景だ。
そんな南島は環境保全のため、立ち入る方法は限られている。現地のツアーを利用するのが一般的だが、どうしてもその風景を見たかったので、南島に上陸するツアーを2つ申し込んでいた。
残念ながら一つ目のシーカヤックで南島に上陸するツアーは強風のため上陸断念。小笠原に終日滞在できる最後の日は幾分天候が回復したので、予定通りイルカ・クジラツアーを行っている「PAPAYA」という会社のクルージングツアーに参加する。
南島の他にイルカとのドルフィンスイム。クジラのホーエールウォッチング。そして、小笠原で父島以外に人が住む唯一の島である母島への上陸。とにかく至れり尽くせりの内容に惹かれて、小笠原に出発する前から申し込んでいたのだ。

小笠原人気のクルージングツアーPAPAYAで南島へ

これが乗船するクルーザーの「MissPAPAYA」
大きくて立派な船だ。すでに乗船が開始されている。
が、ここで乗船する人の装備に目をひかれる。船首には防寒し、さらにレジ袋を巻きつけるなどして防水の工夫をされた一眼レンズを構える人々。そして船の後部デッキには、まるでダイビングをするかの様にウエットスーツに身を纏い、10mは潜っても大丈夫な防水仕様をしたカメラを構える。僕たちの装備はレインウェアーの下に水着とラッシュガード。そして3m防水のカメラ。一眼レフは防水バッグに収納しているが使用中の水に対しての防護策は取っていない。
僕たちのメインは「南島」なので、上陸に備えてウェットスーツは着ていない。シュノーケルの準備はしているが、荷物になるとフィン(足ひれ)は持ってきていない。イルカが運よく近くにいたら、ちょっと泳いでその姿を見れたら・・・という程度の考えでしかない。
みんな気合いはいってんな~。そう思って乗船した他の人の姿や装備を見ていた。が、それは僕の思い違いだ。気合い入っているのではない。「イルカ」と「クジラ」にすべてをかけているといっても過言ではないくらいの意気込みだった。まるで、僕たちは場違いな船に乗りこんでしまった事に後で気づく。僕たちは「南島」にすべてをかけていたのだから・・・

乗船前に、海の水で靴の裏を入念に洗い落す。これは南島や母島にウズムシという外来種の害虫を持ち込まないため。塩水につかるとウズムシは弱るそうだ。また、外来種の植物の種を運ばないためにも重要。特に環境保護が厳しい南島に上陸するために念入りに洗う。

全員の乗船が完了したら、船はゆっくりと父島を出発した。まずはブリーフィング。
・・・って、参加者むちゃくちゃ多い。
後部デッキには人がおさまらないくらい集まってきた。お正月とはいえ、人乗り過ぎではないか?
しかし、ブリージングが終われば、参加者は船の思い思いの場所へ散り、後部デッキは閑散となった。
さて、そのブリーフィングの最中、まずは南島に上陸するグループとイルカを探すグループに分かれると説明を受けた。参加者は約20名だが、上陸する人は僕たちを含めて8人のみ。南島上陸希望者は少数派だ。なぜみんな南島のような美しい場所に行かない?南島命の僕はそう思ったのだが、他の人はイルカ・クジラ命。もしくは、小笠原の常連が多いので、このような天気の悪い日に南島に行っても面白くないと思ったからだろう。
とにかくもうすぐ、小笠原で一番行きたかった場所、念願の「南島」に上陸である。

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船は南島に近づいてきた。平べったいむき出しの岩肌が露出する荒々しい様相の島だ。
南島は「沈水カルスト地形」と呼ばれる珍しい地形。カルストといえば雨水の侵食で洞窟ができやすい地形。秋吉台の秋芳洞などが有名だ。その地形が海の上に突き出している。雨水だけでなく、海にも侵食を受けるのがこの地形だ。そのため、島の海岸の岩肌には無数の穴や海食洞が口をあけている。

島の反対側を見ると、岩肌の下に真っ白なビーチが見える。あれが父島でも最も美しいビーチのひとつ、「ジニービーチ」だ。
昨日のシーカヤックツアーで小浜海岸から目指そうとしていた場所だ。海況が良いと、あのジニービーチからさらに南島へとカヤックで渡り、「扇池」へと上陸できる。岩のアーチをくぐり、真っ白な砂浜にカヤックで上陸する。これが南島で一番したかったことなのだが、昨日は海が大荒れのため、それは叶わなかった。本日は「保険」という意味も兼ねて、動力船での南島上陸というプランを確保しておいた訳だ。
この周辺は沈水カルスト地形らしく、無数の岩礁や小さな島があり、大海原からの波をさえぎってくれる。とはいえ、まだこの日の波も高い。この海域でもうねりは大きく、船がエンジンを停めると、何かにつかまっていないと転がってしまうくらいに船体が揺れる。

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船は南島の南側に廻り込んできた。北風の影響が少なくなり、船の揺れが少なくなる。船もスピードを落としたので、水しぶきもデッキまで飛び散らなくなった。上陸前に南島の姿を撮っておきたい。防水バックから一眼レフを取り出す。

エメラルドグリーン色の鮫池から南島へ上陸!

船から見る「鮫池」
人力船の上陸ポイントが「扇池」とすれば、動力船はここ「鮫池」から上陸する。池という名だが、島の内側に入り組んだ小さな湾で、この中は波がとても穏やかだ。鮫池の中の海の色は島の外側の海と違った色をしている。

ゆっくりと船は鮫池の前へと廻り込み停船した。ここから南島への乗船準備にとりかかる。その間、急ぎながら周りの風景を撮影。写真は南島と、その奥に見えるのはジニービーチ。
天気が悪いので海の色が映らないのが残念。肉眼で見ると、海はその中に吸い込まれるくらいに青い。この青さは、本土の沿岸ではまず見られない。別世界に通じているかの様な海の色には、少し恐怖すら感じる。

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さて、ここで南島上陸隊は船を降りる。並走するもう一艘の船「パパヤJr.」へ乗り換える。
この「パパヤJr.」はダイビングなどに使われる小型船。クルーザーに先行してソナーでクジラを探したり、イルカと泳いだ人の回収などが役目だそうだ。
海の上で横付けした小さな船に飛び移る。防水バックに入れているとはいえ、一眼レフを持っていると、その移動は冷や汗ものだ。それに青すぎる海の色は海の底に引き込まれそうで、さらに緊張する。無事に船を乗り移ったら、しばし母船「Miss PAPAYA」とはお別れ。母船はゆっくりと離れて再び外洋へとイルカを探しに走りだす。

残された僚船「パパヤJr.」はゆっくりと直進し、鮫池の中へと侵入していく。海の色が紺碧から瑠璃へと変わる。そして、憧れだった南島が近づいてくる。ついに、上陸だ。
南島は個人での上陸は許されておらず、いくつもの厳しい制約とルールがある。恐らく一般人が行ける日本の中で一番自由がない島。自由を奪ってでも存続させようとするくらいの貴重な環境が残る、日本でも最も美しい島に、ついに今上陸する。
船はゆっくりと南島の動力船の上陸ポイント、「鮫池」の中へと入ってきた。ついに、この小笠原の旅で最も僕が行きたくて行きたくてたまらなかった場所、「南島」への上陸だ。

鮫池という名だが、それは陸地に囲まれた海で、ここに人が住んでいれば間違いなく天然の良港となる。今まで濃紺で吸い込まれそうな色の海が、この中に入ると目が覚めるようなエメラルドグリーンの色になった。波もとても穏やかで、先ほどまでは船の上で立つこともままならなかったのがウソのようだ。
船を接岸する護岸などはないので、上陸は直接船の船首を岸に着岸させる。ガイドが船を押さえている間に、乗客は岸へと乗り移る。ついに、南島上陸だ。
この南島は貴重な生態系と自然を残す島。この島の滞在には、とても厳しいルールが課せられる。ある意味、日本でも一番立ち入りが制限された場所でもある。

南島入島ルール

◆決められたルート以外の立入禁止
◆最大滞在時間は2時間
◆1日当たりの入島制限人数100人
◆11月から翌年1月末までは入島禁止(年末年始は除く)
◆東京都認定ガイドの同伴無き者の入島禁止
◆東京都認定ガイド1人が担当する利用者の上限は15人
◆動植物、岩石、樹木などの採取・移動・破壊破損は絶対禁止
◆ゴミは捨てずにすべて持ち帰る
◆外来種・移入種の動植物を持ち込まないように対策を講じる
◆動物に餌をあげたり驚かせたりしない

この島は厳しい制限を課し、この美しい自然を未来永劫そのままの形で残そうと努力されている。ガイド同伴が義務付けられているため、この島には個人では上陸できない。

日本でここだけにしかない奇跡の南島に上陸

ガイドの案内で南島内部へと歩いて行く。南島は「沈水カルスト」という地形で形成されている。サンゴ礁の隆起、沈水によってできた島で、日本ではこの島だけ。世界中探しても、あと1か所しかないという、とても貴重な地形だそうだ。
歩いていて気になるのはその岩肌。石灰岩むき出しの岩肌は、尖った刃物のようでまさに凶器。素足や露出の多いサンダルでの上陸はとても危険なので気をつけたい。
さて、水辺から坂を登ると島の内側が見えてきた。まるで盆地のようにくぼんだ島の内部には真っ白な砂が敷き詰められていて、その奥には「陰陽池」という池がある。その石灰岩だらけのカルスト地形のためか、高木は根を張れず、まるで森林限界を超えた高山池のような様相がここにある。しかし、この池には時々海ガメが迷い込むという、海のすぐそばの風景なのである。

振り返る鮫池。その美しいエメラルドグリーンの水の色は何度見ても美しい。この鮫池の名前の由来は、船が着岸した湾の奥の岩陰に、よくネムリブカというサメが寝ているからだそうだ。
船を下りてすぐの場所に赤土が露出した場所がある。多くの人が訪れるために地面が崩れてしまったそうで、今は島内の岩や芝生の移植で植生が回復しつつある。しかしガイドいわく、何度作業をしてもどうしても崩れるそうだ。もしかしたら、この下にまだ発見されていない海中鍾乳洞があるかもしれないという。確かに、この南島の地形は地上にあれば、秋吉台などの鍾乳洞が多数点在するカルスト地形。島の地下に鍾乳洞があっても何ら不思議ではない。この美しい島の地下に、美しく青い水を湛えた洞窟が眠っているかもしれない。そう考えただけでも、とても神秘的だ。

南島の代名詞、神秘的なビーチ「扇池」

鮫池から登りきった峠に到着した。ここからは島の内部が一望できる。そして、先ほどまで見えなかった、山肌に隠れていたぽっくりと穴があいているビーチが姿を現した。これが小笠原を代表する風景、「扇池」だ。
南島にずっと上陸したかったのも、このビーチに行きたかったから。あの美しいビーチに行きたかったから。
しかし、「今日は扇浜に行く時間がないので、この上の丘から島を眺めたら帰ります」とガイド。僕はここでツアーのチョイスに失敗したことに気づいた。参加したPAPAYAのツアーはクジラ・イルカのウォッチングがメインのツアーだ。母島への上陸があるとても至れり尽くせりのツアーでもある。そんな至れり尽くせりなのだから、南島にかける時間はとても少なかったのだ。
ガイド無しで勝手に扇池に単独行動で降りて行くわけにも行かず。残念だが、扇浜から遠ざかる道へと入っていく。

ナイフのような石灰岩がむき出しの山肌を登って行く。
ふり返る鮫池。このエメラルドグリーンの海からそそり立つ険しい緑をまとった岩肌。まさにそれは、南国でも滅多に見れない、美しい風景。この風景はここが日本であることを忘れさせてくれる。こんな場所は日本の中でもここだけにしかない。

坂を登りながらも、何度も憧れの扇浜のビーチに目を奪われる。島を取り囲む岩壁の1か所に穴があき、そこから島の内側が侵食され、美しい白い砂浜になっている。青い水と美しい白砂のコントラストはこの世のものとは思えない。曇り空でもこんなに美しい。
ここはカヌーなどの人力船の上陸ポイント。周囲が岩肌の断崖絶壁に囲まれた要塞のような場所で唯一、美しいビーチを持つ。本当は昨日、ここからカヌーで上陸したかったのだが、この波のためにそれはままならなかった。

南島の中や眺める景色はどこも絶景!

ようやく南島を見渡せる小高い丘の上に到着した。曇り空が残念だが、ここからは父島の姿も見渡すことができる。父島も断崖絶壁が続くとても荒々しい島であることがよくわかる。

カメラレンズを200mm望遠にして、父島の海岸を切り取ってみる。青い海に美しいコントラストを描く白亜のビーチは「ジニービーチ」
そのうつくしさは父島随一と言われるビーチには車で行くことはできない。車で行ける最南端の小港海岸から、1時間半以上も山道を歩くか、シーカヤックで海を突き進む。そうしないとたどり着けないビーチだが、そのあまりもの美しさに、この場所を訪れる人は絶えない。

父島と南島の間の海域も沈水カルスト地形。波に浸食された島がいくつも海の上に顔を出す。先ほどは船の上でここを進んだが、とても不思議な海域だ。一番奥に見えるのは父島の南側の海岸線。高さ250mにも達する断崖絶壁が青い海に落ちている様は絶景だ。
写真中央、岩肌が赤くなった場所は「千尋岩」と呼ばれる。これは岩肌がハートの形に見えるので、「ハートロック」とも呼ばれる。もちろん、父島にいると見ることはできず、船やカヤックの上からしか見ることができない。

見下ろす南島。左のエメラルドグリーンが「鮫池」。右のエメラルドグリーンが押し寄せる白いビーチが「扇池」。

丘の上に立つと、突然雲の切れ間から太陽の光が降り注いできて、扇池を美しく照らした。
なんと素晴らしい風景。このビーチに立てないのを少し神が憐れんでくれたのだろうか。立ち込める暗雲を静かに、しかしながら急激に払い始めた。
真っ白な砂のビーチに何度も何度も押し寄せる青い海。この世の楽園のような美しいビーチ。ああ、この青いビーチで思いっきり泳いでみたかった。潜ってみたかった。しかし、こうやって遠くから見ているだけでもとても心落ち着く不思議な場所。あまりもの不思議で美しい光景は、この世界のものとは思えないくらいだ。
ちなみにこの扇浜は、宮崎駿監督の「紅の豚」の主人公の隠れ家のモチーフとなった場所だと言われている。また、あの扇浜の美しい砂浜には、1000万年以上前に絶滅した「ヒロベソカタマイマイ」の貝殻の化石がいっぱいあるそうだ。その化石を入れて美しい青い海が打ち寄せるビーチの砂浜を写した写真も有名。ただし、南島のルールに基づけば、その化石も絶対に採取は禁止。

あっという間に南島の滞在時間は終わった。非情にもガイドの「帰りますよ」という一言で、一行は下山を開始した。
スポットライトのように照らされる陰陽池がとても美しい。本当に、森林限界を超えたようなアルプスを思わせるような風景。その美しい風景が、美しい青い海のすぐ上に広がっている。

もう一度振り返る扇浜。何度見ても飽きない。何度見ても美しい。

ふり返る南島の内部。それにしてもこの美しい砂浜。あの岩肌に穴が開いてから、長い時間をかけて海が島のサンゴ礁を削って削って・・・
そしてやっと今のような姿を作りだしたのだろう。長い長い地球の時間と、地球の気まぐれによって盛り上がった島が作り出したまさに奇跡の風景。永遠とも感じる時の営みを感じる場所、ものの30分しか滞在出来なかったのはとても残念だ。

さて、最後にこの島のルールを守られているかどうか。ちゃんと監視する人がいた。動力船の入口となる場所には船を浮かべて入島する人をカウントしているのだろうか。島内にも監視する方が3人、ルールを、そしてこの自然が守られているか厳しい目を光らせていた。
この美しい自然がいつまでも続くように、そして今度はもっとゆっくり燃料を使わずに自力で・・・
再度の訪問を誓って、このエメラルドグリーンの海の上で待つ船に乗り込んだ。

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