久住・平治岳のミヤマキリシマ【6月上旬山一面に咲く】

登山者にとって、その山域にしか咲かない、もしくは大群生する有名な花にはやはり惹かれる。山肌を一面に花が覆いつくす美しい風景のひとつが九州・久住の「ミヤマキリシマ」だ。花の季節は例年6月上旬。目指すピークは三俣山の裏側にある「平治岳(ひいじだけ・1642.8m)」。6月上旬に、平治岳の山麓一面に咲く「ミヤマキリシマ」の群生は多くの登山者に人気の山域だ。山一面が真っ赤に染まる、天然記念物にも登録されている美しい風景を求めるのが、今回の登山のメインだ。

久住観光の人気スポット・長者原より登山開始!

登山の出発は観光スポットでもある「長者原(ちょうじゃばる)」。九州中央部、阿蘇・久住は一面の火山地帯。今でも多くの山が噴煙をあげ、至る所で湯けむりが立ち上る。火山活動でできた、広大な地形は、まるで北海道のそれを思わせるくらい雄大で、日本離れしている。温泉と登山、そして広大な風景を楽しめる、九州でも最もお気に入りの場所が、阿蘇・久住だ。
そんな久住において、観光ガイドに必ずと言っていいほど出てくるのがこの写真。「長者原」の看板から望む、九重連山と「やまなみハイウェイ」の風景。誰もが息をのむ、雄大な久住の大自然を凝縮した風景。ここを車を走らせるドライブも、最高の贅沢だ。

長者原から登山する山々を望む。一番左、山が3つ連なっているのは「三俣山(1744m)」(ピークは真ん中の山)その下に、ポッコリ盛り上がっているのが「指山(1449m)」噴煙が上がっている右の山が「星生山(ほっしょうざん・1762m)」写真では確認しにくいが、噴煙が上がっている奥に、主峰の久住山(1786m)が鎮座する。
この九重連山はトロイデ型火山が連なったもので、九州本土最高峰の「中岳(1791m)」をはじめ、1700mを超える山が10も連座する。まさに九州の屋根にふさわしい、登山大好き人間にはたまらないエリアだ。
今日目指すのは、三俣山の裏側にある「平治岳(ひいじだけ・1642.8m)」せっかくの1700mを超えるピークを踏まない理由としては、6月上旬に、平治岳の山麓一面に咲く「ミヤマキリシマ」の群生。山一面が真っ赤に染まる、天然記念物にも登録されている美しい風景を求めるのが、今回の登山のメインだ。

長者原の広い駐車場(無料)に車を停め、登山の準備。ここには温泉もあるので、前夜から車中泊している車も多い。早朝にもかかわらず、すでに出発している登山者も多い。ミヤマキリシマが咲くこの時期、久住は大勢の登山者でにぎわう。
見上げる硫黄山。山腹からガスが噴き出す荒れた山肌は、この山旅の風景の大きなアクセントでもある。

■登山口・長者原にある便利なで快適な温泉宿

気持ち良い高層湿原「タデ原」が登山の開始を盛り上げてくれる

さて、準備が整ったら出発。今回のルートは、長者原を出発し、雨ヶ池越を経由し、九州には数少ない高層湿原である「坊ガツル」から平治岳に登るルート。往復約6時間の行程だ。
まずは、ラムサール条約にも登録されている、「タデ原」という湿原の中を進む。木道が整備されている、とても気持ちの場所だ。

九重連山を背後に広がるタデ原。日本離れした、とても広大で美しい風景には、山へと急ぐ足も自然と歩みを奪われてしまう。まだ花の時期は少し早いが、それでもいくつかの美しい花が目を楽しませてくれる。また今度久住を訪れたら、このタデ原だけでもゆっくりと楽しみたい。ちなみに、このタデ原入口には、長者原ビジターセンターがあり、久住の自然を紹介してくれているので、一緒に立ち寄りたい。

タデ原から見上げる星生山。今回目指す山域ではないが、もうもうと立ち上る噴煙に、今回の登山の期待が否応なしに高まる。天気も晴天。言うことなし。

広がるタデ原の中の木道を行く。朝にも関わらず降り注ぐ強烈な日差しの中、草原を波打たせるように吹き抜ける風が気持ち良い。

新緑が気持ち良い森の中の登り

タデ原を横断すると、登山道が始まる。火山性の山を行くので、低木が多いと思っていたのだが、予想は全く違う。石がゴロゴロ転がる、密度の濃い森の中を登っていく。
深い緑に包まれた森の道はフカフカで、所々、落ちたドングリから芽吹いた若芽が育っているのを観察できる。始めは緩やかな登りだが、進むにつれて勾配が強まっていく。

涸れた沢の左岸沿いに登山道は続く。途中、開けた場所に出る。「土石流に注意」という看板がある河原で、この沢を横断して右岸にとりつく。この沢は火山活動で大小の岩が転がってきたようで、所々堰堤が造られて治山されていた。この沢を横切ってから、登り道はきつくなってくる。

見上げると頭上には指山がそびえる。美しい形をした山肌には、そこが噴火でできた事を物語る、幾つもの崩れた岩の筋が森の中に深く刻まれいる。

標高をあげてくるにつれて、所々にミヤマキリシマが見られるようになってきた。残念ながら、今年は開花時期直前の気温が上がらず、1週間以上開花が遅れている。6月の第1週の週末なら通常なら満開だが、まだ5分咲き程度の情報もある。どれだけ咲いてくれているか、ドキドキしながらの登山でもある。

目の前に九重の風景がひろがる雨ヶ池越

急に上り坂がなくなり、目の前が一気に開けた。ここが雨ヶ池越だ。「越」という文字のとおり、ここは長者原から坊ガツルへ向かう九州自然歩道の峠になっている。そして「池」という文字の通り、ここは湿原地帯。通された木道の中を行く。ここで、真正面に今日目指す「平治岳」の姿を初めて望む事が出来る。

雨ヶ池はその名の通り、雨が降った時だけ池になるとの事だ。快晴の今日は、池の様相は全く感じられないが、湿原の雰囲気はいっぱいに感じられる。さて、ゆっくりと気持ち良く休憩はしていられない。目指す平治岳はまだはるか先だ。ピークは一番左にある頂上。この雨ヶ池越えを抜け、写真中央やや左にある鞍部から左の山へととりついて登る。水分補給等支度をしたら、雨ヶ池の木道を進み始める。

雨ヶ池のすぐ頭上にある無名のピークを見上げると、美しくミヤマキリシマが咲いている。ここからでは、平治岳のミヤマキリシマがどれくらい咲いているかはまだ分からない。これだけきれいに咲いていればと願いながら、歩を進める。

意外にも深い樹林帯の登りを経て長者原から登り着いた「雨ケ池越」。ここで小休止したのち、目指す平治山(1642m)に向けて出発する。雨ケ池はその名の通り、雨が降った時だけ池荷なりそうな湿原地帯。木道を行く登山道の頭上には覆いかぶさるような木々は無く、とても解放感がある。周囲の山々も見渡せ、その景色は最高。木道を行く足どりも、軽くなってくる。

雨ケ池の所々に、ミヤマキリシマが鮮やかな花をつけている。新緑と美しすぎる青空を背景に、目が痛くなるほど色鮮やかなコントラストを描きだしている。

ミヤマキリシマばかりに目をとられるが、足元を見ると、所々に「イワカガミ」が咲いている。イワカガミはおおよそ日本全域に分布する高山植物。その名前の由来となっている光沢のある葉が特徴の美しい花。この先、平治岳頂上まで、所々でその美しい姿を見せてくれる事になる。

ミヤマキリシマの向こうに、目指す平治山が見える。頂上付近にはこの時期、このミヤマキリシマが大群生で花を咲き誇らせている。天然記念物にも指定されているミヤマキリシマの群生地だが、ここからはその赤色が見えない。遠いからか、それとも今年の天候不順による開花の遅れは致命的なのだろうか。
しかし、この気持ち良すぎる青空。最高の天気に恵まれた本日。もしそこに、ミヤマキリシマが見れなくても、すでに満足できる山行になっている。平治山に向かう足どりも、ミヤマキリシマの開花状況が芳しくなくても、不思議と軽い。

再び道は樹林帯に入っていく。本州の山のように、スギやブナなどの高木は少ないが、中低木が密生している随分と混み合った森である。そんな森の切れ間から覗いた風景はとにかく最高。新緑の色と美しい青空は、まさに別世界。そこにいるだけでも楽しくなる、美しく気持ちの良い風景を織りなしている。

見上げる三俣山(1744m)
所々、破れた緑の着衣からのぞく荒々しい岩肌が、この付近の山が火山活動でできた事を物語っている。美しい山は眩しい初夏の太陽に照らされた青空と新緑が手伝って、感嘆の声が上がるほど、さらに美しさを際立たせている。

遠くには九州本土最高峰の「中岳」(1791m)が見えてきた(写真中央の山塊の右側のピーク)夏を思わせる青空と、九州本土で最も高い山々が織りなす火山の風景。日本離れした美しい大自然は感動で、遠く異国の山をトレッキングしているかのようにも思える。

美しい三俣山に新緑と色とミヤマキリシマが彩りを添える。まるで紅葉のような花か葉をつける植物もあり、本当に気持ちがいい色だ。歩いていて、とても楽しい。
やがて道は完全な樹林帯へと入っていく。粘土質の道は雨に削られて少し歩きにくい場所もある。先日の雨でまだぬかるんでいる所もある。
何よりぐんぐん標高を下げていく。先ほど出発したのは雨ケ池越。「越」なので、峠だ。仕方がないとはいえ、せっかく登って稼いだ標高をわざわざ下げてしまうのは、精神衛生上よろしくない。どこまで下るのか、不安になりながらも、森の中を進んでいく。

温泉が湧く九重連山に囲まれた別天地「坊ガツル」

やがて目の前がいきなり開け、先ほどの雨ケ池とは比べ物にならないくらいの湿原が姿を現した。「坊ガツル」である。湿原の向こうには、目指す平治岳が真正面に待っている。やっと登る山の懐に辿りついた。かすかに頂上付近、緑のじゅうたんに織り込まれた赤い色の存在が肉眼では確認できる。季節は遅いとはいえ、ミヤマキリシマ、確かに咲いているようだ。

道は穏やかに坊ガツルへと降りていく。九重連山の主峰クラスの山に囲まれた標高1200m付近に広がる高層湿原である坊ガツル。一面に広がる火山と湿原の緑の絨毯は、もはや日本とは思えない異国の風景。どこまでも広がる原っぱを渡ってくる風が気持ちよく、足どりも軽くなる。
下りたくないと前に踏み出すのがやや億劫だった歩みは、いつの間にか駆け足直前で緑の絨毯を目指していた。

長者原から登山を開始しておおよそ2時間弱。「坊ガツル」に到着した。坊ガツルは標高1200mに広がる湿原で、登山を開始した長者原にある「タデ湿原」とともにラムサール条約の登録の湿原となっている。湿原と言っても随分と乾地化しているようで、湿原の特徴といえる木道はない。許可車が走れる林道も通っていて、ここを歩くと砂煙が立つほどだ。ただ、木々は生えず、一面の草原が広がる風景は、まさに湿原そのもの。まるで信州の2000m級の湿原に来たような風景。
正面に見える険しい山は「大船山」(だいせんざん・1786m)その左側にあるなだらかな山が「北大船山」写真左の鞍部が「大戸越」で、今から目指す平治岳はここを経由して登っていく。

坊ガツルから眺める九州本土最高峰の「中岳」(1791m・写真右側)緑の布をかぶせたような山肌は、まさに火山でできた山。日本離れした、外国のような風景である。
先ほどの大船山が坊ガツルの西側の風景で、中岳は東側の風景。視線を変えるだけでこんなに趣きの違う景色が楽しめるのも、坊ガツルの魅力だ。

坊ガツルの中を横切り、キャンプ場を経て東側の山にとりつく道を行く。途中、川を渡る場所がある。橋はなく、浅い流れにおかれたブロックの上を歩いて渡る雨の日など増水があると、靴を濡らすのは覚悟した方が良い場所だ。後述するが、雨の日の平治山の登山は、とても過酷なものになるだろう。

坊ガツルの中を流れる「鳴子川」。源流にほど近い、とても小さな流れだ。水は透き通っていて、とても気持ちが良い。美しい風景の中を流れていく水辺の景色は、なんともいえないほどの清涼感がある。
小さな流れだが、この鳴子川はやがて深い谷を削る大きな流れになる。そして、久住の新名所、「九重夢大橋」の足元で「震動の滝」となり、「九酔渓」の涼しげな流れとなる。久住の観光名所となる流れの出発点が、ここ坊ガツルにある。

坊ガツルから見上げる、目指している「平治山」(ひいじたけ・1642m)。頂上は左側のピークで右側のピークはニセピークとなる。この坊ガツルから「大戸越」という鞍部まで登り、そこから平治山へととりつく。ニセピークまで登ったら、稜線歩きで頂上へ到着するルートだ。
本日のお目当ては「ミヤマキリシマ」。平治山の斜面には一面のミヤマキリシマの群生があり、天然記念物にも指定されている。6月上旬が見ごろだが、今年は天候不順で約10日ほど開花が遅れている。それでもよくみると、山の緑にはピンク色が混ざっており、近くまで行けば美しい色が楽しめそうだ。

坊ガツルの中を行く。湿原独特の木道ではなく、車も通れる道。フラットで歩きやすく、周りの牧歌的な風景も手伝って、歩くのがとても楽しい場所だ。当然ではあるが、一般車の車の乗り入れはできず、キャンプ場や山小屋の作業車だけがこの道を走る事が出来る。

坊ガツルの風景。九州本土の最高峰の「中岳」を背に広がる広い湿原。まさに、九州本土で一番高い所にある、雲上の楽園。渡る風がとてもさわやかで、ここに身を置くだけで気持ち良くなる場所だ。

緑の絨毯の一部がめくれ、荒々しい岩肌が露出している。ここが火山地帯で、まだ一部、その活動が続いているという証だ。そして、この火山の恩恵は温泉という、日本の宝を生み出す。この坊ガツルには「法華院温泉」があり、この美しい風景を楽しみながら温泉に浸かることが出来る。歩いてしかたどり着けない温泉。まさに温泉大国の九州らしい、究極の秘湯だ。また、この法華院温泉は九州で一番高い所にある温泉でもある。
法華院温泉は山小屋になっており、登山の基地として温泉付きで宿泊できる。ログハウスやバンガローもあるので(全14棟)、テントを背負わずに山岳キャンプ気分を味わえる、珍しい場所でもある。
明治時代以前はこの法華院温泉は山岳寺院で幾つもの建物があったという。その歴史にも驚かされる場所だ。

火山活動の影響が顕著にあらわれている岩肌。そんな場所にもミヤマキリシマが美しく花を咲かせている。荒涼した場所に咲いたピンク色の花はとても美しく、その力強さを感じさせる。

坊ガツルのキャンプ場に到着。ここでひと休憩する。写真右側にある小さな小屋がトイレで、登山者も利用できる。山のトイレなので、お世辞にもきれいとはいえないが、最後の登りの前にトイレが出来るのはありがたい。

左にある建物は炊事棟。多くの登山者が思い思いの場所にテントを広げている。坊ガツルからは九重連山のどの山にも登ることができること、そしてここにしかキャンプ場がないため、ここは登山のベースキャンプとして利用されている。とにかくロケーション最高のキャンプ場で、単なる登山の基地だけではもったいない場所。そのためか比較的早い時間にも関わらず、ここでのんびりと過ごしているキャンパーも少なくない。しかも、少し歩けば法華院温泉の外来入浴も楽しめる(500円)。温泉と最高のロケーション、ここは今まで僕が使った山岳キャンプ場では確実にベスト3に入る場所だ。出来ることならば次は、テントを担いでこのキャンプ場でゆっくりとした山登りを楽しみたい。
ただし、悪天候になると木立などの身を守るものは少ないので、一転して過酷なキャンプとなりそうだ。キャンプ場のはずれに立派な無料の避難小屋があるので、万が一の時はそこに逃げ込みたい。

坊ガツルから平治岳のミヤマキリシマを目指して

キャンプ場でひと休憩したら、平治岳目指して出発。キャンプ場から見上げると、心配していたミヤマキリシマが随分と開花しているのがわかる。これは楽しみだ。

キャンプ場から「大戸越」(うとんこし)という平治山と北大船山の鞍部へと登っていく。約1時間の登りだが、この道だ大変だった。高木が少なく、灌木が高密度に生い茂る森。岩が露出した急斜面で、粘土質の土壌はツルツルと滑る。灌木の枝につかまり、しかし、その登山道まで張り出した枝に頭や足をぶつけ、粘土質の斜面に足を取られないように登っていく。こんな晴天の日でも水が残っている場所も多く、転倒の危険も方々に潜んでいる。ここが一番きつい登りだった。この道は、降雨の日や雨上がりの時などは、とてもではないがまともに歩ける場所ではなくなるだろう。体力を削られながらも、間近に迫ったミヤマキリシマの群生に出会うため、必死に登っていく。

「大戸越」にたどりついた。目の前に飛び込んできたのは、斜面に見事に咲き誇るミヤマキリシマの群生。ピンクの花色は青空に映えてとても美しい。満開時期にはこの2,3倍、一面がピンクの絨毯になるというが、好天のおかげで十分に美しい。
そして、この平治山、とにかくこの時期はミヤマキリシマを楽しみに来た登山者でにぎわう山でもある。多くの人がすでに斜面にとりついている。写真左側、岩の上に人が立っているが、ここがニセピーク。急斜面の登りはこのニセピークまで続く。

大戸越から眺める三俣山(1744m)三俣山の後ろ、荒涼とした山肌から今も噴煙をあげているのが硫黄山。出発の際、三俣山と噴煙を上げる硫黄山を長者原から眺めたわけだが、ちょうどその反対側からの眺めがここに広がっている。

硫黄山は九重連山の中でも今も火山活動を活発に続ける山で、登頂は禁止されている。その姿はこの九重連山が火山でできた山であり、付近に点在する温泉の恵みをもたらしている事を物語っている。写真中、一番高いピークは「星生山」(1762m・ほっしょうさん)。

見上げる平治山。まだ満開ではないとはいえ、そのミヤマキリシマの群生はとにかく美しい。青空の下に広がるピンク色の絨毯は、それは見事。まだ頂上まで登りは続くが、このピンク色の海の中を登っていくのはとても気持ちがいいだろう。

登り始めてすぐに、そして何度も最高の被写体が目の前に現れる。ミヤマキリシマのピンク色の絨毯の向こうには、緑色の山肌。そして、今も噴煙を上げ続ける硫黄山と星生山。

このミヤマキリシマが咲く季節、この平治山に登る人はとにかく多い。登山道は大渋滞。ゆっくりゆっくり、数珠つなぎになって登っていく。途中、備え付けられているロープを使って登らないといけないような急斜面も何箇所もある。その都度、大渋滞が発生する。先ほどと違い、粘土質のジュクジュクした地面ではなく、今度は砂礫の地面。登りはまだいいが、下りはとにかく足がとられて滑りやすい、これも厳しいコースではある。
しかしあわてなくてもいい。美しい風景が、何度も何度も足を立ち止まらせてしまう。人の邪魔にならないよう脇にそれて、写真を撮る。

振り返ると、北大船山が背後にそびえている。低木にぎっしりと覆われたその姿は、山肌に緑の薄い布地をかぶせただけのように、その山の形がはっきりわかる。火山でできた山を強く思わせるその山容。久住や阿蘇の特徴ともいえる山の風景だ。

空の青さとミヤマキリシマのピンクがとても鮮やかなコントラストを描いている。こんな風景を見ながらの登りはとても楽しい。所々に突きだした、溶岩でできたと思われる奇岩が、火山の名残を思わせる。

途中、三脚を構えて撮影するカメラマンを発見。プロかアマかはわからないが、わざわざ重たい三脚を担ぎあげてここで広げるからには、それなりの風景が楽しめるのだろう。カメラマンの後ろから風景を僕も切り取らせてもらう。
切り取った風景はさすがに絶景。ミヤマキリシマのピンクの絨毯の向こうに、九重連山が一望できる。
写真真ん中、ピークを2つ持つ山塊が、この九重連山で最も高い場所になる。左のピークが九州本土最高峰の「中岳」(1791m)
右のピークが、九重連山の主峰となる「久住山」(1786m)
その右、火山でできた緑色の山肌とは違い、今も火山活動を続ける「星生山」(1762m)
山々に囲まれるように広がる平原は、ラムサール条約にも指定されている湿原である「坊がヅル」小川が流れるとても穏やかな湿原の中には、気持ちのいいキャンプ場があり、ミヤマキリシマに負けない鮮やかなテントの花が開いている。
坊ガヅルの一番奥にある建物は山小屋だが、なんと温泉つき。九州で一番高い場所にある「法華院温泉」だ。
九州本土最高峰に抱かれた、温泉付きの気持ちの良い高層湿原。まさにここは、雲の上の楽園。そう思わせる、とても美しい風景だ。

さらに視点を少し左に移すと、山が下界に降りていく様子がわかる。まさにここが雲の上に突きだした場所である事が良くわかる。
信州の山のように、地殻活動で押し上げられた山脈ではなく、ここ九重連山は火山でできた山塊。山が連なるのではなく、突然一部の地域だけ隆起して高い山になっている。富士山のように独立峰ではないが、いくつもの峰が集まって独立した山塊になっている。それだけに独特の風景を楽しめる。

咲き誇る美しいミヤマキリシマ。ミヤマキリシマは主に九州の高山に自生するツツジの一種。主に火山活動で荒れた土地に比較的早く根付く先駆種であり、再び山に森林が形成される前に群生を形成するそうだ。ここ九重連山や阿蘇、霧島など、やはり火山活動でできた山の多くに咲くミヤマキリシマ。ここから見える、いまだ火山活動を続ける硫黄山の荒涼とした山腹にも、美しい花を咲かせている、力強い植物だ。

随分と標高も上がり、北大船山の向こう右側に「鉢窪」見えてきた。これは先ほど見下ろした、坊がヅルを流れ、「九重夢大橋」の下を「震動の滝」となって流れ落ちる「鳴子川」の源流に当たる場所。いかにも火山の噴火跡といった地形だ。鉢窪の向こうの稜線を越えると、一気にこの九重連山の広がりは、下界へと下っていく。

大戸越から見上げた時、人が乗っていた大きな岩の下までたどり着いた。もうすぐ頂上・・・と思いきや、ここは「ニセピーク」だ。まだ先に登山道は続いている。しかし、ここでひと休憩。ここからも見事な風景が見下ろす事が出来る。
真正面には「三俣山」(1744m)あの山の裏側から山腹を巻くようにして、真下に広がる坊がヅルに入った。ミヤマキリシマに彩られた巨岩の向こうに、火山群と火山でできた山。そして広がる高層湿原。本当にここが、日本ではない、どこか遠い国の楽園に思えてくる。

東側に目をると、ひときわ深い森に覆われた山が見える。「黒岳」という山で、ここには九重唯一の原生林が広がる。黒岳は標高1587mの「高塚山」を主峰とした山塊の総称で、ここが九重連山の西の端に当たる。

ミヤマキリシマに包まれた平治岳の頂上

ニセピークからは、これでもかというほど密生した灌木の森の中を行く。灌木の枝の中を進む道はせまく、人のすれ違いすらままならない。高密度の灌木の森を抜け、少し登ると、そこが本日の目指すピーク「平治岳」(1643m)に到着した。
頂上はそれほど広くない。いや、そこそこの広さはあるのだが、とにかく訪れる人が多いので、この頂上にゆっくり腰をおろして弁当を食べることはままならない。頂上の西側斜面にはミヤマキリシマの群生地が広がっており、おそらくその群生地の散策用だろう、道が付いている。ここからどこかに降りれるというわけではなさそうだが、道の所々広がったスペースで昼食をとっている人が多い。我々もその道を下り、絶景を見下ろせる場所を確保し、昼食を頂く事にした。

やっと到着した平治岳(ひいじたけ・1643m)快晴の青空のもと、広がる緑の山肌と、ミヤマキリシマのピンクの絨毯がとても美しい。山頂から南方向を眺めると、北大船山(1706m)が美しい緑色の山肌を広げている。登りの時には気付かなかったが、その後ろに「大船山」(1786m)のピークが頭を出している。
わかりにくいが、大船山と今いる頂上の間に稜線がある。この稜線の写真一番右にある場所が、「大戸越」という北大船山と平治岳の鞍部から登り切った所にあるニセピーク。灌木が密生する稜線を歩き、最後の登りを経て、頂上に到着する。

頂上から西方向を眺める。3つの頂きを持つ山が、その名の通り「三俣山」(1747m)この三俣山を右側から回り込み、この頂上まで至るルートを登ってきた。そして、その後ろでもくもくと、今も噴煙を上げるのは硫黄山で、その上には「星生山」(1762m)がそびえる。
日本とは思えない、火山が作り出した雄大な山岳風景。この山旅一番の絶景を頂上から味わうことが出来た。時間も昼時。やはりここでお弁当を食べたいが、残念ながらこのミヤマキリシマの見頃の時期はとにかく人が多い。決して狭い頂上ではないが、あまりにも人が多いので、ここで弁当を食べるのはままならない。
が、ふと見ると、登山ルートではないが、頂上から少し下った場所に人が大勢集まっている。あの場所なら弁当を食べられるスペースもありそうだし、なによりもこの風景の中での食事は最高に気持ちがいいに決まっている。一端頂上を後にして、人が集まっている場所を目指す。

雲の上に咲き誇るミヤマキリシマ。まさに雲上の楽園。残念ながら、今年は天候不順で、通常なら満開の6月上旬に訪れたにも関わらずまだ3分咲き程度。本当なら、この山の斜面一面が、ピンク色に染まる。その証拠に、写真下、美しく咲いている花の下側には、小さなつぼみが一面に顔を出している。

「坊がヅル」という、ラムサール条約にも指定されている湿原を見下ろす。九州最高所の法華院温泉を擁する一面に広がる湿原は、まさに楽園。坊ガヅルに降りていく斜面、花が咲く黄緑色の一面が、ミヤマキリシマの群生地。まだ3分咲きだが、満開時はこの写真の半分はピンク色に染まる。その時は本当にここは楽園。またその時をねらって、訪れたくなる。

緑色の山肌の上に咲き誇るミヤマキリシマの群生。その高度感も、とても気持ちがいい。

弁当を食べられそうなスペースを見つけ、腰を下ろす。そこからは、大船山が見事に眺められる。空に浮かぶ雲に手が届きそうな場所、美しい花と緑と奇岩が織りなす山の風景は、もはや別天地だ。
大船山との間にある稜線、その右側が、大戸越から何度も頂上と見間違えるニセピーク。しかしニセピークとはいえ、大船山とミヤマキリシマ咲き誇る平治岳の南側斜面を見下ろせるその展望はとても素晴らしい。混雑する頂上を避けて、ここでくつろいでいる登山者も少なくない。
ニセピークから、灌木が密生する稜線を泳ぐように少し下り、そして頂上へ登りかえす。

この風景を眺めながらのランチはとにかく気持ちがいい。ランチと言ってもコンビニ弁当だが、何を食べてもとにかく美味しく感じる。特に、この頂上に至るまでに歩いてきたルートを振り返れるのが良い。写真中央の三俣山の下には、トイレ休憩をした「坊ガツル」、三俣山の右の肩、少し緑がはげている場所は1回目の小休止をした「雨ケ池越」だ。

「雨ヶ池越」を望遠レンズで覗いてみる。ここは雨が降ると池になる場所で、木道が通されている。この雨ヶ池付近にもミヤマキリシマが美しく咲いていたが、やはりこの平治岳に比べるとその数はとても少ない。
雨ヶ池越の向こうには、出発をした長者原付近の建物が見える。こうやってみると、随分と登って、随分と歩いてきたなぁと、今までの道のりを振り返る事が出来る。そして、その道のりは、これからもう一度歩く下山ルートそのもの。朝早く出発して、時間的にはまだ余裕があるが、宿に行く前に温泉にも入りたい。名残惜しいが、下山を開始する。
その前に、もう一度、頂上まで登り返さないといけないが・・・

美しいミヤマキリシマの世界から下山

頂上からニセピークへと向けて稜線を下っていると、突然付近に爆音が響きだした。それと同時に、ニセピークの奇岩でくつろぐ登山者の横から、ヘリコプターが飛びだした。

ヘリコプターは美しい九重連山の山を背に、空を自由に旋回している。どうやら、ミヤマキリシマ目当てで登山客で混み合っているこの山域の様子を、テレビ局か新聞社が取材しているようだ。

噴煙を上げる硫黄山を背に飛ぶヘリコプター。付近は登山禁止になっているが、空からなら容易に近づけそうだ。

三俣山の上を飛ぶヘリコプター。三俣山の登山者をカメラかテレビに収めているのだろうか。歩いていけばここから何時間もかかる場所。ヘリコプターなら、ものの1分足らずで向こうの山の上に渡ってしまった。

高密度の灌木帯を行く。登山道の幅はとても狭く、突き出す枝をかいくぐるように行く道がニセピークまで続く。まさに緑の海を泳ぐような道。そんな道を行く所、稜線の向こうからヘリコプターが再び飛び出した。その爆風で緑がざわめき、まるで本当の海のようになる。

ニセピークにたどり着いた。今から下山だ。写真左側の大船山から、写真右側、九州本土最高峰の「中岳」(1791m)やこの九重連山の主峰「久住山」(1786m)へと山は続いている。その左側は下界へと一気に山が切り落ちていく。まさにここは九州本土の中で最も高い空に突き出した場所。雲上の世界だ。この気持ちの良い特別な場所を後にするのは、やはりどこか名残惜しい。

灌木の枝が突き出し、大小の石が転がり、粘土質のぬかるむ地面の急な下り。それはとても大変だった。
一番左の頂上が、今登ってきた平治岳。その少し右にあるピークが「ニセピーク」。そして一気に下りた所が大戸越。そこから右に登ると北大船山へと続く。こうやってみると、緑色の斜面にミヤマキリシマのピンクが広がっているのがわかる。もう1週間ほどすれば、一面のピンク色が、山の上に広がっているだろう。

雲上の湿原「坊ガツル」を行く。登ってきた平治岳がとても気持ちよく見える。
さて、気持ちがいいのはここまで。ここからは再び、三俣山の肩にある「雨ヶ池越」まで登り返しだ。さすがに登山後半の登り返しはなかなかきつい。

「雨ヶ池越」を通過して、一気に長者原まで降りる。今日は湯布院に宿泊するのだが、投宿する前に、黒川温泉で日帰り湯に浸かりたいので、休憩なしのハイペースだ。さすがになかなか疲れた。長者原にある「タデ原」に着いた時はクタクタだった。
タデ原で振り返ると、硫黄山が噴煙を上げている。その右上にあるピークが「星生山」。先ほど平治岳から眺めた星生山の裏側まで帰ってきた事になる。随分と遠くまで行っていたのだなぁという実感が湧いてくる。
ミヤマキリシマは満開にはほど遠く残念だったが、それでも恐ろしいほどの天気の良さには大満足の山行だった。余りにも暑かったので、ここで水分補給をたっぷり行い、車に乗り込む。
ここから絶景の「しまなみハイウェイ」のドライブを楽しみ、この久住の火山の恵みが注ぎ込まれた人気の温泉、黒川温泉を目指す。

くじゅう連山登山に便利な宿泊情報

九重連山の南側に広がる久住高原には温泉を備えた宿泊施設やキャンプ場が多数。特に「久住高原コテージ」の露天風呂は一面の山々を見ながら満天の星の下で温泉に浸かれると全国でも有数の人気を誇ります。その他にも温泉をゆっくり楽しみながら自然を満喫できるホテルが多数。登山の後の疲れは是非、久住高原でゆっくりと癒したいですね。

■ 九重の宿・ホテル一覧

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